2005年09月30日

「極上生徒会」第26話&総括


というわけで、「極上生徒会」のファイナル・エピソ
ードである、第26話「今日も極上日和」を見ました。
いささか感傷的な言葉になりますけど、劇中、挿入
された第1話の、奏会長がりのさんを膝枕している
ショットを見て、とんでもなく昔のことに感じました。
つまりそれだけ、「極上生徒会」がリアルタイムで
存在する日常というものが、僕の側でも当たり前に
なっていたんですね。
この作品の前に見ていた「双恋」が、1クール13話
という短いシリーズであったことも、26話で半年と
いう時間を長く感じた理由になると思います。


この作品を見ることにしたのは、事前に視聴予定を
伺ってみた、「HEAVENLY BLUE」のたちばなりょう
さんのチョイスに合わせたからなのですが(それまで
は存在すら知りませんでした、すみません)、ネット
を通じて共有出来た経験の価値という意味も込めて、
とても大切な時を過ごせたとも思います。
今後、放送される新作テレビアニメを僕が見る機会
があるかどうかはわかりませんが、同じようなスタ
ンスで向き合える作品と出会えればと願います。
でもとりあえずは、僕の方も「舞-HiME」の残りエピ
ソードをなんとかしなきゃ、ですね。


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幕引きの形としては、結局「極上生徒会」らしいルー
ズさでまとめたということを、肯定的にも否定的にも
評せると思います。
唐突な聖奈さんの活躍を、終わらせるための御都合
主義と批判することは簡単ですし、逆に、全ての伏
線を論理的に回収するようなタイトな結末でまとめ
てしまうなんて、そもそも「極上生徒会」らしくないか
らこれでいい、とも言えるでしょう。


僕個人の場合は、素直に率直に正直に、半年間付き
合ってきた彼女達なのだから、誰も決定的な破滅も
不幸も迎えない終わり方なら、とりあえずこれはこれ
でいいじゃないかな、と思いました。
例えば久遠さんのように、将来的にも事態解決の糸
口が示されていない人もいますけど……。
ナフレス機間それ自体を潰すのは無理だから、久遠
さんの両親の会社を丸ごと企業買収して、ナフレス
系列から切り離すとか? 


客観的な作品評価としては、特に後半になってシナ
リオのクオリティが著しく劣化し、バラエティ豊かとも
評せないくらいに波のある、いびつなシリーズ構成に
なってしまったことで、高い点を与えることは出来な
いかもしれません。
でも一方で、キャラクター達の魅力は、そんな瑕疵を
補って余りある、とも思います。
まずキャラクターのためにある作品世界ということを
事前了承出来れば、悩まずに楽しめるでしょう。


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振り返ってみると、有り得た1つの可能性として、
もっと生徒会という自治組織の機能を前面にだし、
宮神学園内の問題に対処する中で、各キャラクタ
ーを解説し、事情を処理していく、という基本プロ
ット構成を採用していれば、さらにスマートな作品
になっていただろう、とは思います。


和泉香さんをフィーチャーしていた第4話などが、
その可能性を示していたのですが、学園内の生
徒間トラブルを生徒会メンバーが解決するという、
ある意味まっとうなお話が、シリーズ全体の中で
は異端になっているという状況が、この作品の性
格を象徴していますね。
この作品のプロット構造を「マッチポンプ」と評して
いる文章を見かけましたが、生徒会が生徒会内部
の問題対処に終始するストーリーは、せっかくの
宮神学園という大きな舞台の魅力を伝える機会を、
ずいぶんと損ねていたとは思います。
生徒会からは部外者であるために、一応はメイン
・キャラクターでありつつも、ほとんど出番を与え
られなかった先生お二人は、特にその犠牲者です
よね。


昨日も述べたように、生徒会メンバーはみんな自
分自身の問題でいっぱいいっぱいなのはわかりま
すけれど、生徒会内部のみで進行するプロット構
成は、結果として「特殊な人達の、特殊なお話」と
いう、一種のファンタジーの域に作品を置いても
います。
もちろんその方向性は、キャラクター・アニメを描
くためのひとつの方法論だとは思いますし、成功
している部分もあるのですが、生徒会と一般生徒
の間に乖離を発生させ、「極上生徒会のある学校
の雰囲気」みたいな、想像と共感の出来た筈の青
春の空気のつながりを希薄にしてしまったとも思
います。


このことは、同じ宮神学園を舞台にしたゲーム版
のプレイヤー視点が、生徒会メンバーと青春を同
じ高さで共有出来ない、年長の教育実習生である
ことからも、作品のターゲット層を考えれば一応
は妥当なのでしょうね。
もちろん、女子校に通ったことのある女性の方が
プレイすれば、違う形でのノスタルジーを感じる
かもしれませんけど。
ゲームの第2弾があるなら、そういった視点を導
入してもらいたいですが、それだといわゆる「百合」
的なイメージに繋がって、NGなのかな?


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まだまだ語りたいことはありますが、長くなり過
ぎるので今日はとりあえずこの辺で。
アニメファン一般からの評価というとよくわかり
ませんが、ともあれ僕個人としては結局、終わり
を寂しく感じる作品になったと思います。
まだゲーム版もひかえてはいるのですが、まずは
アニメ版のスタッフの皆さん、お疲れ様でした♪

2005年09月29日

「極上生徒会」第24&25話


さて気を取り直して。
そろそろこっちもちゃんとしないと、愛想尽かさ
れちゃいそうですしね。いやまさかそんなっ。
今期唯一視聴しているリアルタイム新作の「極上
生徒会」
は、第24話「あなたに会いたくて」
25話「その声は風にのって」
を続けて見ました。


差し迫ってきたので、2話連続の視聴となりまし
たが、幸いにして内容は前後編で、クライマック
スのための、1時間スペシャルを見ているような
気持ちにもなれました。
後半の第25話を全編、神宮司家敷地内外での
バトルに費やした構成は贅沢でしたが、これは
まあ、登場キャラクターの多さのせいもあるでし
ょうね。
実は豪華な声優陣(千葉紗子さん、釘宮理恵さん
は僕でも知ってます。もう1人の細川聖可さんは
……ごめんなさい)のカレーライス3姉妹なんて、
そういえばいたなあ、と懐かしい記憶が再生させ
られましたし。
ともあれ25話のアフレコ現場は、おお賑わいだっ
たことでしょうね。


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率直な視聴感はといいますと、野暮は抜きにして、
「満足出来た」と記すことを、自分に許していい気
持ちにはなりました。
こちら側からの愛着が最大理由かもしれませんが、
ここまでの作品が示してきた道具を総動員してみ
せると、こんなにもパワーを発揮するとは、正直
思っていませんでしたから。
プロット自体はルーズでも、そういう域に達せられ
るのですから、やはりテレビアニメにおけるキャラ
クターの力はスゴイものだと思います。
「極上生徒会」の場合は、そのルーズさが、もう、
ひとつの魅力として機能しているようですし。
シリーズのクライマックスなのですから、それな
りにタイトな演出も有り得たとは思うのですが(神
宮司家のセキュリティをもっとシリアスかつ堅固に
するとか)、それでは「極上」らしくなくなってしまう
という判断なのでしょうね。変に鬱路線に向かう
よりは、安全策だったかも。


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ここまでのシリーズにおける特色のひとつは、極上
生徒会には、本質的な意味での「敵」がいないとい
うことです。
確かに、ストーリー上の妨害者は登場しますが、どの
相手も基本的に、極上生徒会のメンバーを語るため
の役割キャラに過ぎませんでしたし、キャラクター・
アニメとしての「極上生徒会」の本分からは、妥当な
処置だとも思います。また、そういう役割キャラがい
ない時は、メンバー自身が事件を起こすことで、スト
ーリーが発生させられています。


そういう作品構造である「極上生徒会」のクライマッ
クス・エピソードが、生徒会の根幹であり象徴である
奏会長の喪失と再獲得という内容になるのは、むし
ろ当然の帰結なんでしょうね。
ただ、そういう内に向けた構造を選択したために、
宮神学園の生徒のための自治組織という面がずい
ぶんと薄くなり、あくまで奏会長とメンバーのため
だけのグループにしか映らなくなってしまったのは、
メンバーそれぞれの境遇を考えれば、仕方のない
ところでしょうか。

2005年09月05日

「極上生徒会」第22話


というわけで引き続き「極上生徒会」は、話数的
には佳境のはずの、第22話「極上札戦闘(ごく
じょう・ふだ・バトル)」
でした。
ともかくも、聖奈さんの「なんちゃって♪」が宇宙
最強伝説決定ということでよろしいですか!?
カウンターでしか使えないものの、奏会長の「楽
しいことしましょう♪」
攻撃すらリセットする、実
は極上生徒会内の微妙な人間関係バランスを
暴露してしまっているかもしれない?、恐ろしい
カードですっ。
そういえば、聖奈さんの主役話って、まだです
よね? ただ聖奈さんの場合は、生い立ちやら
を解説しても野暮って気がするので、今のまま
でもいいかも。
明確には語られていない奏会長との関係で、波
乱を作るとは思いますが……。


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今回のプロットとしては、カード・バトルに挑むり
のさんと、彼女をサポートする遊撃メンバーがル
ールを把握していなかったという、ありえない結
末が用意されたことで、勝利のカタルシスもない
まま肩透かしで終わったとは思います。
ルールというものは、戦う双方が承認しているか
らこそ成立するもので、また双方がその範囲内で
戦うことを前提にして、戦術が組み立てられるの
ですから、一方しか知らないルールなんて、そも
ルールではありません。
りのさんのカードは戦闘力もゼロの、無意味なカ
ードだから、そのカードを用いた戦術などは最初
から調べなかった、という優しい解釈は出来ます
し、作り手の「そう解釈して欲しい」希望かもしれ
ませんが、それは単にりのさん側の準備不足に
過ぎず、工夫・努力した結果のものではないので
すから、勝利自体に、ドラマ的なカタルシスを与
えることはありません。


けれど一方で、りのさん側の勝利が工夫や努力を
費やした結果であってはならない理由も、現時点
での「極上生徒会」という作品にはあると思います。
というのも、りのさんというキャラクターと、「成長」
や「変化」というテーマの、微妙な関係があるから
です。
奏会長は常々、りのさんに対しては、「そのままで
いて欲しい」「何も知らないままでいい」という希望
を密かに口にしています。
それはりのさんに秘められた能力が、彼女を決して
幸福にはしないという予測があるからで、現にりの
さんが、赤ん坊の母親を探す必死の努力の結果、
その能力の片鱗を見せるに至った第21話において、
奏会長の不安増加は明白でした。
だから今回のような、ライトなコメディ話で、りのさ
んが努力や成長を求められないのも、当然だと思
います。


難しいのは、本人達にとっては期間限定の楽園であ
る極上生徒会という舞台で、現状維持の幸せを終え
た「未来」が、どういう意味合いで示されるのかとい
う、作品としての大テーマの扱いですね。
りのさんが自分自身の能力や運命と向き合うことに、
あるいは向き合わないことに、奏会長の創り上げた
「極上生徒会」という場が、どんな役割を果たすの
か、ということです。
そのことは、作品としての結論にもなるので、これま
ではペンディングされてきたのですが、そろそろ正面
から語られる時期に来ています。


他の生徒会メンバーにとって、極上生徒会は、自分達
の過去や秘められた立場を通過した上での、自分にと
っての必要性と貢献を理解した、共同運営の楽園です。
でも、実は自分が誰だか知らないりのさんは、まだそ
んな理解を経ていません。
その理解が彼女をただ不幸にするのか、その時、極
上生徒会は彼女のために何が出来るのか。
作品の必然として、そんなドラマがこれから描かれてい
ってほしい、と願います。

2005年08月28日

「極上生徒会」第21話


まずひとり言私信?
年内に5作目を出すとしたら、告知のタイムリミット
が迫りつつある推理ゲーム「此花」シリーズ(公式
サイト
)ですが、まだ語られていない季節である、
「真冬」を舞台にするなら(冬山は推理物の定番で
すよね)、例年よりは、リリースを遅らせたりもす
るのかな、と個人的には楽観的に考えています。
桜田忍さんの参加により、「3」以降は、美亜子さん
と恵クンと主従関係(笑)にも変化が生じていくので、
確かに「2」は、仰るような2人の距離を楽しむには
最適の期間だと思います。
なので、もし「5」があるのなら、美亜子さんルートと
忍さんルートを完全に別ストーリーにして、美亜子さ
んが忍さんに気兼ねなく、恵クンを思う存分オモチャ
扱い出来るようにして欲しいですね。←ひどっ


えっと、それからPS2ゲーム「舞-HiME 運命の系
統樹」
公式サイト)は、美袋命ちゃん、鴇羽舞衣さ
んルートに続いて、玖我なつきさんルートをクリアし
ました。
3人の中では、実はなつきさんのそれが一番主役
らしいお話にされていたとも思いますが、詳しくは
またいずれ。
ネタバレにならないことを少し言うなら、3人のお話
は、彼女達がHiMEであることを条件に成立している
ことを考えると、では明確にHiMEではない、深優・グ
リーアさんのルートは、一体どうやって決着をつける
のだろうかと楽しみにもなってきましたね。


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今日の本題です。
テレビアニメ「極上生徒会」公式サイト)は、引き続
第21話「晴れの日はいつもレイン」を見ました。
第20話については、諸事情でコメントはありません。
す、すみませんっ。
発売の迫ったゲーム版は、CMも始まりましたね。
「舞-HiME」とは違い、全員がたどり着かねばなら
ない結論があるわけでもなく、純粋にキャラクター
の魅力と日常を楽しめる、恋愛アドベンチャーみた
いですね。
いやいや実はそうみせかけて、全員の重い重い過
去話も(一部は現在形ですね)、ちゃんと通過しなく
ちゃいけないとか?
「先生」から、生徒会メンバーそれぞれの「パートナ
ー」として、しっかりとヒロインの力になっていくよう
な展開なら嬉しいですけれど、さすがに16人分では、
それだけの余裕はないかも。


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さて第21話本編について。
批評というよりは、いささか感情論になってしまうか
もしれませんが、捨てられた赤ん坊という存在をめぐ
る今回のプロットは、10代未婚少女だけで構成された
極上生徒会が扱うには、微妙で危う過ぎると思えました。
ますべ委員長様も、ご自身のサイトの掲示板で、『「あ
あ、これ描いてる人は、赤ちゃんの世話をしたことが
ないんだろうなあ」ってのがありありと分かっちゃう』
と述べられていて、もちろん僕も経験があるわけでは
ないのですが、そんな描写が象徴するような無理な背
伸び感が、まずあったと思います。


赤ん坊を見つけた際、聖奈さんの「警察に届けよう」と
いう常識論を、奏会長は拒否します。
「母親が戻ってくるかもしれない」という説明は、もし母
親が現われたら、警察に届けた事を伝えればよいの
ですから、反論になっていません。警察に届けても、別
にすぐ遠くの施設にでも送られて、二度と離れ離れにな
ってしまうわけでもないでしょう。逆に、警察に知らせな
いことで、事情を知る他の人が、赤ん坊の行方を知る
情報源を失わせてしまっています。


悪い言い方をすると、極上生徒会は、その理念を守るた
めには、メンバーに限らない他人のプライバシーに介入
することも全く平気な組織なのですが、その活動結果を
受けとめられる大人ならともかく、どうすることも出来な
い赤ん坊まで、同じ論法で扱ってしまうのに、僕は見てい
てとても不安になりました。
最終出動前に、久遠さんは「それこそが極上流ですわ」と
仰ってましたけれど、何流とか、どんな風に事態に関わ
るかということは、実は生徒会側のポリシーの問題に過
ぎず、赤ん坊自身の、本質的な問題とは、なにも関係が
ないのです。
結果として、極上生徒会という組織のアイデンティティ、
つまり奏会長の理想を守るためのエゴが、赤ん坊自身の
安全や幸福のための、客観的な判断よりも優先されてし
まった、と感じてしまったのですね。
これが理念先行ではなく、高みから溜息をついているだけ
の奏会長が率先して、赤ん坊の世話をするような内容だっ
たら、全然印象は違っていたかもしれませんけど……。


理念=自分と現実=他者の線引きを指摘してくれる、「大
人」の不在が、この作品の危うさの象徴になったエピソー
ドだったと思います。そのことを「おせっかい」と誤魔化
せなくなった時の破綻が、今から怖いです。
理念と現実認知のせめぎあいというのは、物語を前に進
ませるための、とても有効な衝突概念なのですが、この
「極上生徒会」の場合、定番プロットの多用が、そのバラ
ンスを上手く機能させていないと思います。
物語を宮神学園内にとどめて、生徒会だからこそ出来る
活躍・状況対処に限定していたら、もっとタイトで筋の
通った作品になっていたのにと、今回は強く感じさせる
内容でしたね……。

2005年08月15日

「極上生徒会」第19話


というわけで、「極上生徒会」は、佳境の第19話
「さらば愛しき友よ」
でした。


今回のエピソードが、シリーズの中でも重要なター
ニング・ポイントになったのはやはり、髪を下ろし
たご贔屓キャラの和泉香さんが、また違うキュート
さを示してくれたこと――というのは、半分くらい
本気です(笑)。私生活部分をあまり見せない彼女
にとっては、貴重なシーンだし。


奏会長を慕いつつも、お気に入りナンバーワンの
座をりのさんに占められて久しい香さんは、扱い
ようによっては、ジェラシーにまみれた、とても
嫌なキャラになる可能性もありました。
なのでこれまでの本編が、彼女をとてもまっすぐ
でいい子として描いてくれているのは、個人的に
は安心しています。
特に今回、ランスと最初に出会った人間という経
緯はあったにせよ、ブッチャンとランスとの、1人
3役状態に困ったりのさんが、まず頼りにしたの
が他ならぬ香さんだったという、自然な接し方と
やりとりが描かれたのは嬉しかったです。
そういう、根本的な健全さみたいなものは、この
作品の愛すべき魅力の1つですし、変な言い方で
すけれど、語り口を信頼出来る理由になっている
と思います。


少し話はずれますが、公式サイトでもTOPで大きく
告知されている(ランダムですが)、9月15日に
発売予定のゲーム版では、余計な男性主人公な
んか登場させないで、極上生徒会のオリジナル・
メンバーだけのお話にして欲しかったと、あらた
めて強く思います。
このゲーム版では、先生や管理人さんまで含む、
総勢16人(!)のヒロイン達との恋愛物語を楽し
めるようですが、本編での立場を見ると、特に香
さんなんかは、主人公なんかとデートするんじゃ
なくて、憧れの奏会長とこそ、パヤパヤ(笑)する
機会をあげてほしいなって……。
それは勿論、香さんが男性と付き合ってもいいわ
けですし、無理からに百合的な世界観に巻き込む
のも失礼なんですが、彼女自身の物語を進めら
れるゲームだからこそ、彼女が報われる、幸せな
瞬間も見てみたいと思っています。
主人公=プレイヤーの僕だと、例えトゥルーエン
ドに達しても、「えっと、でもホントは僕じゃないよ
ね」と思ってしまうでしょうから。奏会長に勝てる
自信なんてありませんっ。


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ブッチャンとランスの正体について、はっきりと
明かす方向で物語が進みつつあることは、僕に
は少々驚きでした。
見る人によって、大きく意見が分かれるポイント
だとは思いますが、僕としてはとりあえず、理屈
でブッチャンの正体を説明しなくてもいいかも、と
考えてはいましたから。
というのも、「極上生徒会」という作品世界の独
自性を象徴していたアイコン的存在であるブッチ
ャンについて、「彼は結局何者であるか」と語るこ
とは、物語自体を「終わらせて」しまうからです。


自意識をもった人形というブッチャンは、確かに
不可解で不思議な存在ですが、そんなブッチャン
をとりあえず追求せずに、「あり」とすることで、
この「極上生徒会」の作品世界は成り立ってきま
した。
ブッチャンについて、「こんな存在はあり得ない」
と思ってしまったら、もうそれで物語を楽しむこ
とは出来ませんよね?
また、理屈を越えたブッチャンを認めることで、
語れる物語の範囲というのも、いい意味でルー
ズに出来てきたと思います。ブッチャンがいるん
だから、これもありだよね、という風に。
ただし、それはあくまでファンタジックな方向性
に限られていますから、久遠さんのお話のように、
それを学外のシリアスな方向に広げようとしても
すぐに破綻してしまうのは、世界構造的にいって
も当然です。


そういう意味で、「いる」だけで作品の世界観を
支えてきたブッチャンですが、そんな彼の出自を
説明するということは、彼について必要以上に突
っ込まないことを前提として成立してきた作品世
界が、それ以上の展開を許されなくなる、という
結果を導きます。
そもそも学校機関である極上生徒会を舞台にし
ている以上、どんなメンバーもいずれは卒業し
て去らねばならない、というリアリティは常に
秘められてきました。
もちろん、卒業を永遠に迎えずに、終わらない日
常を繰り返す種類の作品もたくさんあるわけです
が、そんな作品は必ずどこかに、答えを出しては
いけない問題を設定し、それを保留し続けること
で、永遠性を維持するようになっています。「うる
星やつら」でいうと、ラムとあたるの関係の「本質」
みたいなものですね。


「ブッチャンの正体」も、それを積極的に解明し
ようとしない、主人公のりのさんの成長の保留、
という意味合いも含めて、触れてはいけない問題
だったわけですが、それを解き明かすということは、
現状の、楽園としての極上生徒会の物語の命が
尽きることも意味しています。
それだけの覚悟を背負うだけの物語が、これから
終局に用意されているのですね。


母親を失い、宮神学園へ来てからのりのさんを支
えてきたのは、実はブッチャンとりのさんの関係
を、無粋に問い詰めすぎることなく認めてきてく
れた、極上生徒会のメンバー達ですよね。桜梅歩
さんは……、もうバレバレですけど。
ブッチャンの正体を語るということは、そんな極
上生徒会のメンバーと、りのさんとの関係が解体
と再構築の機会を迎える、ということでもあります。
その時にこそ、組織機能ではなく、真の意味での
極上生徒会という場の存在意義が語られるのでし
ょうね。


整合性とか辻褄とかいうことではもはやなくて、
奏会長がつくろうとした極上生徒会という楽園の
「意味」と、「極上生徒会」という物語自体の「意
味」が、見事に重なるような語り口の妙技を、期
待したいと思います。

2005年07月28日

「極上生徒会」第17話

昨日に引き続き「極上生徒会」は、シンディ真鍋さんをフ
ィーチャーした第17話「嘘をつきとおせ!」を見ました。
来日する母親についてきた嘘を知られないために、周囲
のみんなが協力して芝居をする……というプロットは、古
典のひとつですよね。
一番有名なのは、フランク・キャプラ監督の遺作「ポケット
一杯の幸福」(61年)になるでしょうか。僕個人としては、
それをジャッキー・チェンがリメイクした「ミラクル/奇蹟」
(89年)の方に、より思い入れがありますけど。


古典であるだけに、プロットの落ち着け方を悩む必要もな
く、安心して極上生徒会それぞれのメンバーの活躍、とい
うか不本意なコスプレ大会?を楽しめる良編ですね。
へにょった作画と演出に脳が溶けそうになるのが、「極上
生徒会」という作品の本質の一部だとは、あらためて強く
思いましたけど(笑)。
でも、奏会長のメイドさん姿について、かの権威ある「メイ
ド服着てたら委員会」――略称「メ着委」のますべ委員長
様からもお墨付きをいただけたことで、エピソードとしての
グレードはワンランク上げられますね。
個人的には、本気で楽しそうなグループと、そうでない人
達のコントラストがあまりにもはっきりしていた、フラダンス
のシーンなんか好きですね。一番状況を楽しんでいるの
は聖奈さん、あなたですっ。


批評として考えるべきなのは、今回のようなお話と、前回
までのシリアス編をどう融和させるかということなのでしょ
うけれど、なんだかいい意味で前向きにポジティブに(れい
ん先輩風っ)、考え過ぎは体に毒だと諭されたような気も
しますので、今回はこれだけです、はいっ。

2005年07月27日

「極上生徒会」第16話

よいしょっと。
今回は夏バテもあるのか、試験が終わったらガクっと
体力低下してしまいましたが、宿題を貯め過ぎるのも
申し訳ないので、ぼちぼちと更新していきますね。
というわけで1週間遅れになってしまいますけど、「
上生徒会」
第16話「あなたに此処にいて欲しい」
についてです。
世間では話題になっている様子の、ブッチャンが口に
した「ランブル・ローズ」ですが、「ラビアン・ローズ」(ア
ナハイムエレクトロニクスのドック艦)ならともかく、僕
にはさっぱり?なネタでしたね。


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第15話に引き続く、銀河久遠さん2部作とも受けとめら
れるエピソードでしたが、終盤で和泉香さんを登場させ
たことで、ずいぶんとシニカルな印象の強いお話になっ
てしまったと、個人的には思いました。
第4話で示された通り、香さんの過去と現在の生活事
情は、経済的には裕福なメンバーが多い極上生徒会
の中では、厳しいものです。
両親は既に亡くなり、質素な家で、学業と生徒会の任
務の傍ら、年下の弟妹の面倒を彼女が1人で見ている
ようですね。今回の登場も、夕食の買い物の帰り道途
中のようでした。


この第16話で、銀河久遠さんが、ナフレス諜報機関の
スパイとして活動している理由は、彼女の両親が経営
している会社が、「ナフレス資本の系列」だからと語ら
れます。
けれどそれは逆に言えば、久遠さんと彼女の家族が、
第14話でシンディさんが述べていた、「朝食からフラン
ス料理のフルコースを食べられる」ような贅沢な生活
を過ごせるのも、ナフレス資本の系列グループに属し
ているから、とも考えていいでしょう。
系列に属していることが、両親の会社の利益になると
久遠さんは理解しているのだから、よっぽど理不尽で
非合法的なものでない限り、その命令に従うこと自体
には、久遠さんの中で葛藤は発生しません。極上生徒
会がこういう組織でなければ、それで済みました。
ナフレスの正体が不明なために、諜報機関と企業体と
の関係はよくわかりませんが、一方的に利潤を搾取す
るようなものであれば、久遠さんも、ここまでナフレスに
義理立てする必要を感じないでしょう。
ナフレスの利益になることは、久遠さんの両親の会社
の利益にもなるわけです。ドラマとしてのオチを用意す
るために、ナフレス側の人間がことさらに悪役として描
かれてはいましたが、根本の設定は、そうある筈です。


ここ2話で描かれたのは、居心地の良すぎる極上生徒
会の中で、ナフレスのスパイという身分を隠した、銀河
久遠さんの葛藤の物語でした。
親の会社のためにも、ナフレスを裏切ることは出来ない
し、極上生徒会の心地よさも捨てたくはないという筋立
ては、リアリティの部分でかなり破綻はあるものの(結
局藤沢恒久氏がツー・ショットでの撮影を許していた写
真もそうですが、ライバル組織の系列会社令嬢という
久遠さんの目立ち過ぎるプロフィールは、スパイとして
送り込むには、かなり不適格です)、新たにフィーチャ
ーされた隠密部の矩継琴葉さんのドラマも並行しつつ、
それなりに成立はしていたとは思います。


ただ、久遠さんとはあまりに境遇の異なる、和泉香さん
の姿の受けとめ方次第で、その印象はかなり異なってく
るでしょう。
あくまで僕の場合の受けとめですが、金銭的余裕などと
は全く無縁である香さんが、それでも彼女なりに、清貧
な生活環境の中で一生懸命に幸福を満喫しようとしてい
る姿を見ると、極上も大事で会社も大事でと、両方求め
てしまう久遠さんのスタンスは、「求め過ぎではない?」
とも感じてしまったのですね。
もちろん、どんな生活レベルを幸福の指標とするのかは
人それぞれだとは思うのですが、同じ極上生徒会のメン
バーだけに、少なくとも視聴者の目からは、2人を比較し
てしまっても、仕方ないと思います。
両親の会社を守りたい、そのためにナフレスの命令には
従わなくてはならないという久遠さんの気持ちは理解出
来ますが、その社会的視点は、日々の生活が精一杯だ
ろう香さんとは、あまりに距離があります。
久遠さんの葛藤は、結局彼女の中だけのものでしかない
のです……。


香さんをあの場面で登場させたことに、どんな狙いや意図
を作り手が託したのかはわかりませんし、実際それはどう
でもいいことですが、結果として僕が感じたのは、奏会長
の理想のもとに集った、「限られた時間の中で永遠の楽
園を求める」同じ極上生徒会のメンバーでも、幸福や理
想の求め方には、それぞれ距離と孤絶があるという、皮
肉な現実認知の温度差でした。

2005年07月18日

「極上生徒会」第15話

時間がかかってしまい申し訳ないですの「極上生徒会」
は、第15話「私が此処にいる理由」について、ちょっと
簡単に少しだけ。


今回のドラマの発端である、極上生徒会の副会長・銀河
久遠さんの部屋で見つかった、謎の男性とのツー・ショッ
ト写真の存在が、まず物語を読解する上での障壁ではあ
りますね。
写真に久遠さんと共に写っている男性は、情報機関ナフ
レスのエージェント「藤澤恒久」で、そのことから、ナフレ
スに与えられた任務――「神宮司奏の力の秘密を探る」
――のために、久遠さんが宮神学園と極上生徒会に送
り込まれたことが発覚するわけです。


けれど、周囲に正体を隠している筈の久遠さんが、そん
な証拠となる写真を持っていることが、そもそも理屈に合
いません。
また、諜報機関のエージェントともあろう人物が、潜入させ
る工作員とのツー・ショット写真を撮らせるような馬鹿な真
似もするわけがないでしょう(久遠さんの制服から、撮影
時期は任務開始後と推測されます)。
理屈を通すなら、正体がバレるリスクを背負っても、その
写真を撮って所持していたい、「現在」の久遠さんの、エ
ージェント「藤澤恒久」氏に対する個人的な感情が必要
になってくるわけですが、物語中盤の彼との接触シーン
において、終始「あなた方」と複数形でしかナフレス側を
表現しない久遠さんからは、その種の感情は読み取れ
ません。隠している可能性もありますが。


久遠さんに写真を持っている理由がないのなら、これは
第三者が用意したもの、ということになります。
怪しい久遠さんの反応を見る、隠密部の矩継琴葉さんが
仕掛けた罠という解釈も見かけましたが、隠し撮りのよう
な写真ならまだしも、明確に久遠さんと藤澤氏が撮影者
を意識しているような写真まで、彼女が手に入れられる
とは思えません。藤澤氏との関係を知る者がいる、と久
遠さんに伝えるだけで効果は十分ですから、フェイクでも
よいのですけど……。


ともあれ、上述したような、写真をめぐる辻褄というのは
本質ではなくて、要は諜報機関なんていう、青春砲とは
対極にあるようなリアリズムに基づく存在を無理に挿入
するから、不必要にややこしくなる、ということですね。
完全にイリーガル(1.非合法)な青春砲を平気で運用出来
る、つまり合法・非合法性が、ドラマツルギーを支える世
界律として機能していない世界で、イリーガル(2.身分を
偽って行動する工作員・諜報員)ゆえの苦しみを描くとい
う今回の作劇は、作品を総合的に見ると、そもそも木に
竹を接ぐようなものだと思いました。
この辺はもう、繰り返して示されてきた、この作品の構造
的な欠陥ですね。


その一方で、キャラクターの物語だけを取り出して見た時
には、作画・演出のクオリティの高さもあって、なかなかに
成功しているとも思えるので、評者としては、とても困って
しまうのです。
他ならぬ僕自身が「望み過ぎかもしれない」と自覚出来る
のは、それだけの魅力と可能性を、極上生徒会キャラクタ
ーのみんなから感じ取っているからこそ、なのですけれど。


そういった戸惑いをふまえて、一つだけ述べることを許して
いただくと、奏会長が語ったりのさんの才能「ご飯をいっぱ
い食べること。喜怒哀楽がはっきりしていること」も、立派な
才能だと思います。
「ご飯をいっぱい食べること」は、まあ健康極まりないって
ことですし、「喜怒哀楽がはっきりしている」ということは、
りのさんの感情発露をそのまま信じていい、そこにいて、
喜んだり怒ったりしているりのさんを、本当の彼女自身だ
と受けとめていい、ということですから。
作中で、寝ているりのさんの頭を優しく撫でながらの奏会
長の慨嘆、
「普通でいるのって大変ね……。自分らしくいるのって、ど
うして……」
には、久遠さんのことや、背負ったものが多過ぎる自分自
身のこともふまえて、だからこそ、いつも誰に対しても自分
らしくいるりのさんを大事にしたい、奏会長の深い気持ちが
込められていると思いました。
そう他人に感じさせることは、りのさんだからこそ出来る、
りのさんの「才能」に違いないのです、きっと。

2005年07月10日

「極上生徒会」第14話

後半クールに入った「極上生徒会」は、前話との2部作
という形になった、第14話「極貧生徒会」を見ました。
遊撃部&車両部メンバーによる新EDは、ビジュアルのキ
ュートさも合わせて、結構お気に入りです。
ありがちかもしれませんが、こういうアレンジは、爽やか
な雰囲気で番組を締めてくれるEDの役割に、最適だと
思います。


ともあれ、演劇「宇宙異星人エイリアン」のチケット収入
によって、寮修復のために大幅に不足してしまった生徒
会予算を少しでも補填しよう、という今回のプロットは、
かつて事務所にクーラーを設置することを主目的として
企画された、自主制作映画の上映会をお手伝いしたこ
とのある僕としては、なんだかとっても親近感のあるも
のでした。あ、もちろんその真の理由は、メイン・スタッ
フ以外には秘密でしたけれど(笑)。


学内での発表会で、お金を取っていいのかとも思います
が、それは極上生徒会がやるっていえば、通っちゃうん
でしょうね。だとしたら、極上寮の惨状は誰もが知ってい
るのだから、素直にチャリティー公演にすればよかった
のかも? まあ、そうしたら今回のオチがつかないわけ
ですけれど。
ホールは学校施設だから無料で借りられるとして、衣装
・宇宙船の製作費は、学生の仕事だし、今回だけ使えれ
ばいいものだから、なんとか6〜7万円くらいにおさめた
いですね。
客席を見ると、宮神学園以外の生徒も多く来場していた
ようですから、学外にもそれなりの宣伝はしたと思います。
そのためのチラシやポスター、チケットの印刷代、交通費
が、さらに数万円というところでしょうか。
極上のメンバーは稽古に専念していたようですし、その活
動は公演当日の、会場整理なんかも含めて(宮神学園の
施設をよく知らない、学外からの来場者の案内・誘導も必
要です)、学内有志によるボランティア協力だったでしょう
ね。なので出費はこれくらいでしょう。


チケット代は……あんまり高くすると問題ですから(チャリ
ティーだと公言すれば正当化出来ましたが)、せいぜい、
1000円くらいが上限ですか。プレミアム・チケットとして、
「奏会長のサイン入りスペシャル・ポートレート付き」なん
てバージョンも出せば、少々高くても売れたかも?
会場のキャパは、よくわかりませんが1000人くらい?
それが満席状態でしたから、チケットの売上げだけで100
万円にはなりますね。経費を差し引くと、90万円くらいが
純益、といったところですか。
極上寮が修復するまでの(さすがに数週間はかかるでし
ょう)、寮生活メンバー全員の生活費としては、まあ十分
の筈だったのかな。


なんにせよ、作り手の側にどんな事情があって、どんなに
熱意や頑張りや思想があっても、受け入れる観客の側に
は関係ない、興行においては劇の面白さという結果が全
て、という冷徹な現実を示したという意味では、個人的な
経験からいっても、とてもとてもリアリティのあるお話だっ
たとは評せます(笑)。


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以下は作品論です。
強大な権限をもった極上生徒会という組織ゆえのナンセ
ンスなお話と、メンバーの過去や心情に踏みこんだシリア
スなお話とのコントラストが、シリーズとしてのこの作品の
特徴のひとつだと思うのですが、今回はその2つの要素
がわりにミックスされたお話でした。
違う言い方をすれば、この作品の世界観が、両者の同居
を許容するラインはどこかと観察するための、よい実験に
なったとも思います。
前話を受けての、みなもちゃんの事情というシリアスなパ
ートと、どう考えてもお客に受けそうにない演劇を大真面
目にやるというナンセンスなパートが、ではどこまで融和
したかについての受けとめ方で、それぞれの視聴者がこ
の作品に期待するものを再確認も出来たでしょうね。


僕自身は、現状の作品が示すよりはもう少し作りこんだ、
シリアス寄りであって欲しいというスタンスのようなので、
例えば終盤の舞台上、病気の発作で苦しむみなもちゃ
んを、「自分で決めたことは、最後までやり通せ」と叱咤
激励する奈々穂さんの言葉には、「いや、そのまま死ん
だりしたらマズイですよ。病気なんだから、頑張ればどう
にかなるものじゃないし」と思った方ですね。
また、成り行きとはいえ結果的に極上寮を爆破したのが
りのさんだと知った歩さんが、そのことを周囲に喧伝しよ
うとしたのも、りのさんが極上生徒会のメンバーになった
ことを快く思っていない生徒もいる(第2話)と知っている
彼女が、りのさんに不利益になる情報を広めようとするこ
とは友達としてあり得ない、とも思いました。
でも、両者共に、シリアスよりもナンセンス、あるいはギャ
グとしての文脈を優先するスタンスなら、受け入れられる
のかもしれません。


そういう、あくまで僕視点から感じる、作りこみのゆるさ、
不徹底さというものが、逆に作品としてのキャパシティを
広げているという見方もあるでしょうけれど、僕としては
やはり、作品として出来ないことを増やしているような気
もして、もったいないと思います。抽象的ですが、カメラ
のフレームをきっちりと固定しないと、フォーカスも深く合
わせられないのでは?という表現になります。
もう少し、ナンセンスとシリアスのバランスを統一して、
「極上生徒会」という作品の語り口はこうですよ、と前半
で規定してしまった方が、これから、よりキャラクター話
が増えていくだろう後半に向けて、よかったろうにとは
強く思います。


現状だと、今回如実であったように、ナンセンス・パート
の用い方がいささか恣意的過ぎて、今後も見ていく側と
しては、いつでもそれを「逃げ」として用いられるのでは
ないか、という不安も抱いてしまいますから。
そういう意味で、前回の感想で述べた、みなもちゃん問
題を、「極上生徒会」だからこそ出来る方法論で解決す
るという期待は、先送りされてしまったと思いました。
作品世界にいる、生身のキャラクターの「心」を伝えられ
ない作品だとは決して思わないし、伝えて欲しい魅力的
なキャラクターがたくさんいる作品ですから、さらに頑張っ
て欲しいですね。


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で。
そんな長々とした理屈を超越したレベルで。
奏会長の、
「ダメ、なの……?」
という言葉と表情こそ、イデの無限力もかなわない宇宙
最強兵器だと理解出来たのが、今回のエピソードで最も
重要だったと思います。さあ殺せ。

2005年07月05日

「極上生徒会」第13話

るー。
というわけで、遅ればせながらこちらも「極上生徒会」
第13話「敵か味方かみなもちゃん」を見ました。
2クール作品だとしたら、これで前半終了ということにな
りますけれど、なんというか、メイン・キャラクター全員の
シリアスな主役話も消化していないし、まだまだ語り足
らない、という感じはありますね。
管理人さんはまだしも、先生方の出番がこんなにもない
とは思いもしませんでした。不憫です。


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今回は、「自分が楽しければ他人に迷惑をかけてもい
い」と豪語する桂みなもちゃんが、極上寮を荒らしまわ
るお話だったわけですが、視聴者を不快にしかさせな
い、あんまり過ぎるみなもちゃんの自己中心ぶりが、
最後まで矯正されることなく幕を閉じたのには、それな
りの説明が出来ると思います。作り手の意図としての
「正解」ということではなくて、あくまで僕の側の受けと
め方ですが。


確かに、みなもちゃんの行動はどれも言語道断で噴飯
ものでしたけれど、それを公正正義の名の下に断罪出
来るほど、極上生徒会が立派な組織かというと、実は
そうでもないと思います。
通常の生徒会組織の目的は、あくまで学園自治とその
監視であり、特に会長が学園のオーナーでもある極上
生徒会の場合は、教職者を上回る立場から、学園を運
営する権利まで与えられています。


そういう組織であるなら、本来は極上寮含む学園敷地
内全てでの、治安保持行為まで正当化されていいわけ
ですが(実際、第1話で放火魔を捕らえたように)、これ
までのエピソードで描かれてきた彼女達生徒会役員の
行動が、正義の名を背負えるまで、公明正大で私利私
欲のないものばかりだったかというと、そうでもないで
しょう。その最もたるものが、(度々例に挙げてしまいま
すけれど)第2話の青春砲ですね。
あまりにも権限が大きすぎるために、学内に敵を設定し
づらいという理由はありますが、これまで描かれてきた
のは主に、極上生徒会内部で持ち上がった、あるいは
極上生徒会の特殊性ゆえに発生した問題が多いよう
な気がします。


もちろん、劇中で描かれていないだけで、学園運営が
滞らないだけの実務はみんなでこなしている筈ですが
(ほとんどまゆらさんが苦労しているだけ、という説もあ
ったり)、ともあれこの第13話で、みなもちゃんの行為
を倫理的な説得で阻止終了させなかったのは、これま
での極上生徒会の活躍からすると、あまりに説得力が
ないという、いささか情けない整合性を維持するという
意味では、妥当な処置だったと思います。
(本来なら、全員が出払っているわけでもないだろう隠
密部が、実力で処理しているところでしょう)


で、だからダメなエピソードだと言っているわけではな
くて、むしろ逆です。
本来の生徒会の業務に従うような、人の道に沿った教
育論的お説教がみなもちゃんに向けられなかったとい
うことは、つまり全く別の、極上生徒会という組織が運
営されている世界だからこそ展開されうる理屈が、み
なもちゃんには用意されるということだと思います。
少なくとも彼女が今後レギュラー化するなら、今回の行
為の贖罪はあると思うので(なかったら、さすがに耐え
られないかも)、そういう過程は必須でしょう。
そのことと、出発点が奏会長個人の夢でしかなかった
極上生徒会&宮神学園の設立思想とを、どう上手くリン
クさせるかということが、この作品がこの作品であるた
めの「意味」になっていくのでしょうね。
そう考えると、次回と含めて、折り返し地点にふさわしい
エピソードにはなるのかも。
そうでなかったら……僕がお仕置きしたいですっ。がる。

2005年06月30日

「極上生徒会」第12話

やっとこの「極上生徒会」は、奏会長と副会長の奈々穂
さんの出会いと、繋がりの理由を回想する、第12話「そ
れは雨の日に」でした。
用意されたプロットは悪くなかったと思いますし、自分自身
の意志で、奏さん1人のために尽くすことを決意した、奈々
穂さんの誓いの力強さは、見ていて羨ましいくらいに清々
しかったのですが、いかんせん「絵」として力のなさ過ぎる
演出が残念な、「もったいない」という評価になるエピソー
ドでしたね。


サブタイトルが示すように、今回は過去・現在を通して全編
に雨が降りしきる、その雰囲気を生かす筈のお話でした。
雨それ自体は単なる自然現象ですが、フィクション物語の
演出においては、シチュエーションの誘導(例えば雨宿り・
相合傘)、キャラクターの心理の暗喩などにおいて、とても
有効なツールとして活用されます。
また、空から落ちてくる水滴だけでなく、地や屋根を打つ雨
音、室内にしのびこんでくる湿気、靄にかすむ遠景といった、
様々な付帯現象もまた、演出においては重宝します。
物語作りを一度でも考えたことがある人なら、「雨のシチュ
エーション」というのは、必ず頭に思い浮かんだことだろうと
思いますが……。


ただしその有効性も当然のことながら、作中でそれ相応の
正しい見せ方をしている場合に限ります。
例えば、土砂降りの中をずっと駆け抜け、やっと立ちつくし
会話する、奏さんと奈々穂さんの身体に、全く濡れた様子
がない、といったような今作の映像は、そういう意味での、
せっかくの物語的リアリティをスポイルしてしまい、ぶっちゃ
け、ただ白けてしまいました。
現実なら、頬や額に濡れた髪が張りつき、顎をしずくが伝っ
て、濡れた服も皮膚に張り付く、くらいの姿になっているわ
けで、アニメでそのままの描写を全て緻密にやれとは言わ
ないまでも、この時の2人は、「同じように」(←ここポイント
です)びしょ濡れになっていないと、せっかく雨を降らしてい
る演出的意味がないと思いました。


ここでの雨は、本来は1歳違いで、同じ肉体を備えた女の
子2人を平等化し、続けて心からの本音を語らせるための
通過儀式のような役割を果たすのですから、2人はどうあ
っても、同じように雨で濡れていないといけないのです。
立場も違い、経てきた人生経験もまるで違う奏さんと奈々
穂さんの2人が、やっと視線を同じ高さで交わらせるため
には、そういう、同じような肉体の経験がまず必要だった
わけですね。
それを「絵」で見せられなかったために、続く神社での会
話シーンも、言葉だけが先立った(演技も含めて、台詞自
体はよかったと思います)、惜しい結論部になってしまった
ように感じます。
どこまで描写するかという「解像度」演出の問題は、その
作品の世界観・リアリティと密接に結びついているのです
が、一度「青春砲」みたいなものを出してリアリティを徹底
的にゆるくしてしまったこの作品の場合は、キャラクターの
シリアスな心情物語に説得力を付与させるまでに、面倒
な回り道を余儀なくされるようですね。

2005年06月18日

「極上生徒会」第9〜11話

視聴ペースがかなり遅れ気味なので、申し訳ないんで
すけれど「極上生徒会」については、第9話「好きは
とまらない」、第10話「彼女に水着をきせないで」、
そして最新放送エピソードの第11話「ウイニング・フ
ァイブ」までを通しての総感みたいなものを、ざっと述
べさせていただきますね。


基本的には、個性豊かな生徒会メンバー同士のやりと
りを楽しめばいい、キャラクター・アニメだと思います。
そういう意味での「キャラ立て」の作業は着実で、初期
話数では一度に登場したキャラの数が多過ぎて、当然
戸惑いもあったのですが、エピソードを重ねるごとに、
少しずつ生徒会メンバー達にも親しみと愛情が抱ける
ようになってきています。
「このキャラは、こういう子なんだ」という認識は、ここま
で見てきた人には、もうある程度明確になってきている
でしょう。


また個々のエピソードの語り口においては、バラエティ
豊かと評せる一方で、依然として軸が掴みきれない部
分もあります。
この辺については、見る人の作品視聴スタンスにもよ
るとは思いますが、ともあれ僕の視点からは、特に生
徒会という組織としての活動がメインに出されたエピソ
ードにおいて、ドラマツルギーを支えるリアリティが、上
手く機能していない現象を見てしまいます。
そうなってしまう最大の原因は、やはり第2話「ほとばし
る青春」で登場した超絶兵器「青春砲」の存在ですね。
あそこまで現実離れした設定を出されてしまうと、個々
のキャラクターの個人的問題はともかく、極上生徒会と
いう組織に対する物語上の障害が、障害として機能し
なくなってくるのです。
例えば第10話のラストでは、校内プールへの部外者侵
入の問題を解決するために、チャーターしたフェリー内
でプール開きを行うわけですが、この対処策は、スケー
ルという点では青春砲に明らかに劣り、「青春砲がある
くらいなんだから、これくらい用意出来て当然」と、見る
側にエピソードを締めるための驚きを発生させません。
例えるなら、最終最強のフィニッシュ・ブロー「ウイニング
・ザ・レインボー」を、中学生ボクシング都大会編で使っ
てしまった「リングにかけろ」みたいなものです。


これから後半に向かう、今後の作品においては、そうい
う早過ぎて突き抜けてしまったリアリティ規定と、個々の
キャラクターのよりシリアスな内面の物語という、かなり
異なる色合いを備えた2つの要素に、どう折り合いをつ
けてお話を進めていくのかという、難しい作業が控えて
いると思います。
あるいは、国家を超えた神宮司財閥の権力と財力でも
どうにもならない個人の心の問題の深さと繊細さを示す
ために、あえて現実離れした設定を用意したとも受けと
められますが、それにしても乖離が過ぎるというのが、
現時点での僕の素直な心証です。
もちろん、繰り返しですけれどこの部分は、見る側のキ
ャパシティの問題でもあって、「これくらいの幅があった
方が楽しい。両立していい」という意見もあっていいと思
います。
正直僕も、コミカルな部分はとっても楽しんでもいますの
で、そのことが、シリアスな部分と上手く調和して、作品
総体として上手くまとまっても欲しいと願っていますし、
そうなって欲しい、愛すべきキャラクター達と出会えたと
も思っているのです。なんだか皆さんそれぞれ好きなの
で、贔屓を決めちゃったら申し訳ない気も?
次回第12話は、またシリアスな過去話になるようですが、
奏会長に最も近い人物である奈々穂さん主役のエピソ
ードということもあり、そういう点では大事なチェック・ポ
イントになるでしょうね。期待しています。

2005年05月27日

「極上生徒会」第8話

今回一番キュートだったシンディ真鍋さんの「みー・とぅ
ー♪」というのが流行らないかなー、と思っているわけ
なんですけど。「らじゃ」でもいいです。
あ、「らじゃ」って言っても、ラジャ・ライオンとはなんの
関係ありません念のため。
ええとなんの話かというと、「極上生徒会」第8話「さ
らば!極上生徒会」です、もちろん。
出だしはどうなることかと思っていたこの作品ですが、
最近は各キャラの個性も上手にまわり始めて、良作
の予感も大きいのが嬉しいです。


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ともかくも、クライマックスの、極上生徒会のメンバー達
が、りのさんを励ますために心尽くしのパーティーを用
意していた場面で感動するのが、心ある人としての本
道だろうとは思いますので、ちょっと考えてみます。


この場面を感動的だと素直に感じるには、奏会長がり
のさんに言った、「そんなりのを、みんな慕っているわ」
という言葉を、額面通りに受け入れる必要があります。
ここで引っかかるのが、その場にいない和泉香さんの
存在ですね。
表面上はりのさんのことを嫌いつつも、一方では奏会
長にパーティの提案をする彼女の複雑な心理において
重要なのは、新参メンバーのりのさんをお気に入りとし
て特別に贔屓する奏会長の態度にジェラシーを示すの
が、極上生徒会の中で彼女ただ1人だということです。
「生徒会」を名乗りつつも、ここ最近は学園自治より、
生徒会内部の問題を解決するエピソードが続いてい
ることからもわかるように、極上生徒会の本質的な存
在意義は、奏会長の理想である組織自体の安定と、
会長の心の平安です。


ゆえに、メンバー達が奏会長を大切に思っている心情
はみな等しいと思うのですが、そういう彼女達が、りの
さんの存在に、表面上は嫉妬を示さず、統一された達
観の域に達している、一連の描写がありました。
その達観を成立させるための条件は、
1.「りのさんを気に入ってそばに置いている奏会長の
気持ちは尊重すべき」
2.「とりあえず、りのさんは愛すべき子である」
の2つになりますよね。
個人の内面心情はどうであれ、極上生徒会という組織
のバランスを維持するためにも、この2つが統一見解と
考えていいでしょう。とはいえ、第6話で示されたように、
プッチャンの暴言までは許容出来なかったりもしたわけ
ですが(笑)。


今回の実質主役である和泉香さんの場合は、これまで
自分自身の中にあるジェラシーを、↑第1条件ゆえの義
務感が抑えつけてきたわけです。
そこまで自分を敬ってくれる香さんに対して、りのさんに
対するほどの気遣いを示してくれない奏会長の心情に
ついては、読み取るのが難しいですけれど、まず奏会
長のために存在する極上生徒会においては、ハーレム・
アニメの主人公のように、平等な愛情の分配まで強要
すべきではない、傍からどう見えようと、奏会長には好
きにしていて欲しいという暗黙の了解が、メンバー間で
徹底されているのでしょうね。
その根底にあるのは、もちろん奏会長への絶対的な信
頼と愛情であるわけで、結果として極上生徒会に籍を
置いている個々のメンバーの事情については、今後ま
た少しずつ描かれていくのだろうと思います。


だから今回は、極上生徒会という組織=小世界を成立
させている不文律を、香さんという個人の、奏会長に対
する、そしてりのさんに対する、生身の感情を通過させ
た上で上手に解説してみせたエピソードに仕上がって
いると評せます。
このための役回りとして、香さんは最適でした。
前回の感想でも述べたように、この作品の大テーマで
ある、「極上生徒会とはなんのための組織であるか」と
いう目的に向けてさらに1歩進んだという意味でも、成
功していると思いますね。
ただ、気持ちという部分でやっぱり一番強く思うのは、
「奏会長さん、りのさんばっかりじゃなくて、たまには香
さんにも優しくしてあげてください」ということになってし
まうのですが(笑)。

2005年05月20日

「極上生徒会」第7話


というわけで「極上生徒会」は、第7話「おせっかいが
好き」を見てみました。
視聴開始時からずっと続いていた、微妙さみたいなもの
への解答が見つかった感じなので、とりあえず書いてみ
たいと思います。
解答といっても、別に正解ってことじゃなくて、あくまで僕
の中で、合点がいったかも、ということなのですが。


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ずっと感じていた微妙さというのは、キャラクターと物語
の距離、みたいなものですね。
こういうキャラクターで進める、こういうお話です、という
作品としての軸、といえばいいでしょうか。
どちらが主で従なのかは、もちろん見る各自が選択す
ればよいことですが、僕の視点からは、各エピソードご
とで、キャラクターと物語の関係の性質が異なり過ぎて
いるように見えて、そういう意味での戸惑いをずっと感
じていました。
「極上生徒会」って、こういう作品なんだよ、と説明する
ための、キーワードが思いつかないといいますか……、
「何かが足りない」という微妙な欠落感が、常につきま
とっていたのです。


何が足りないかというと、結局、「極上生徒会」という作
品が、同名の組織を世界観的に必然とする、具体的な
解説であり、根拠であると思います。
ここで第4話「素晴らしく冴えたやり方」のストーリー
を思い出していただけると、わかりやすくなるでしょう。
人形劇部で起きた、人形破壊事件というプロットは、
和泉香さんというキャラクターを深く描写するには最適
だったわけですが、その一方で、これまでのシリーズ
の中では、違和感のあるエピソードになっています。
その違和感の理由は、極上生徒会でなくても解決出
来たような事件だから、つまり事件のギミックそれ自
体は、教職者よりも権限を持つという、極上生徒会で
なくては解決出来ない、「極上生徒会」というタイトル
を冠した作品だからこそ描ける「なにか」を有したもの
ではなかったからですね。
逆に言うと、それ以外のエピソードは、「極上生徒会」
という作品の世界観だからこそ描ける「なにか」を、
一応備えた内容になっているとは思います。


ただ、その「なにか」が、物語を自動的に進める絶対
前提として明確には示されていませんから、エピソー
ドの起承転結に沿う形では胸落ちがせず、結果「足り
ない」感じが残るのだと思います。
例えば、守るべき「極上生徒会規約」みたいなものが
あって、それに従って生徒会役員が活動しているの
ならわかりやすいのですが、現時点での極上生徒会
の活動は、学園自治のためというよりは、もっと恣意
的な、奏会長の個人的心情なり思想なりを優先して
いるように受けとめられます。


だから、読み解きの方向が逆だったわけです。
「極上生徒会」という作品は、極上生徒会という組織
がどういう活動をしていくかを描いていく作品ではな
くて、極上生徒会の活動が、結果としてなにを目指し
ているのかを、読み解いていく作品なんです、たぶん。
各エピソードを見進めていくうちに、キャラクターの心
情の内に踏みこんだ視点から、「ああ、極上生徒会は
このためにあったんだな」と、いずれ理解していけれ
ばよいのではないでしょうか。
学園自治という明文化された組織運営ではない、こ
の作品だからこそ描ける大切な「なにか」が、いずれ
浮上してくるのでは……と想像します。
そして、その「なにか」は、言葉であらわすような陳腐
なものではないからこそ、現状では、極上生徒会があ
る世界の描写を、まず積み重ねている段階なのだと
思えます。


奏会長とりのさんとの間で、一番多くしっとりとした日常
的な場面が描かれるのは、2人の関係がその「なにか」
の象徴のひとつになるからでしょうか。
今エピソードで、奏会長がりのさんの髪をブラシで優し
くとかす鏡の前のシーンで、不意にそんな考えが浮か
びました。日常は、積み重ねられるそのこと自体に、
価値があるのですから。
いずれ到達するかもしれないその「なにか」が、キャラ
クターのみんなにとって、幸せなものだといいですね。

2005年05月14日

「極上生徒会」第6話

否定論ということではなくて、アプローチがとても難し
い種類のエピソードでしたから悩んでいましたけど、
そういうことなら僕の方でも、「極上生徒会」第6話
「大恐怖!プッチャンの呪い」についての感想を、
少しだけ述べてみますね。


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僕もブッチャンの正体……というか機能については、
「それは聞かない約束」で、しばらくは通すと思って
いたのです。
奈々穂さんが言っていたように、ただの人形でしか
ないブッチャンが、自分で動いたり喋ったりすること
は物理的に有り得ません。なので、りのさんが意識
して、あるいは無意識のうちに全て動かしていると
いう以外の可能性があるとするなら、そこには明確
な理由が求められます。
でも、理由が説明されるとしても、それはずっと先の
こと、シリーズが終盤を迎えてからになるだろうと考
えていました。ブッチャンへの依存(よく言えばブッチ
ャンからの支え)を見る限り、りのさんの精神的自立
と再建は、ブッチャンとの別れも導くのが、物語とし
ての必然的な方向だからです。
それまでは、ブッチャンは作品の雰囲気の一方の軸
となる(もう一方は勿論奏会長ですね)象徴であって
いい、アンタッチャブルな立場と思っていました。


けれど、こんなシリーズ早期に、「ブッチャンの正体と
は?」という問題提起がなされてしまい、僕は少々戸
惑ってしまったのです。
何故ならブッチャンは、その正体を問われないことで、
作品の象徴として機能していたのですから、ここでそ
んな問いかけがなされてしまうと、「極上生徒会」とい
う作品世界そのものが、揺らいでしまうのですね。
ここではブッチャンの正体が問題なのではありません。
現時点で作品内キャラクターが、正体を問う行為を許
可されたこと自体が、問題なのです。
ブッチャンの正体が超自然的なものであったとしても、
それはそれで世界観がファンタジーの領域に踏み込
んでしまうので、大きな問題ではありますが……。


今回のエピソードで、どうしてそんな問題提起の視線
を誘発する作劇がなされたのかは、よくわかりません。
世界観が揺らいでしまったという結果だけから見れば、
むしろそれが目的であったようにも思えます。
そういう観点から気づかなくてはならない最重要点は、
母親が亡くなる前までは、ブッチャンは自分では動け
ない、母親が動かしている人形に過ぎないとはっきり
自覚していた筈のりのさんの認識が、現在では全く違
っているという、彼女の主観認識の断絶と転換ですね。
ブッチャンの存在さえ、作品内でとりあえずの聖域で
なくなってしまったとすれば、残る砦は、奏会長のりの
さんへの愛情ということになってしまいます。
その愛情が、りのさんのブッチャンに対する主観認識
の断絶をどう補完するのかが、今後の展開の鍵にな
るのだろうと思います。
……こんなところでどうでしょうか? オアシスじゃなく
て、修験場みたいですみません……。

2005年05月09日

「極上生徒会」第5話

というわけで、かなり遅ればせになりましたが、こち
らも「極上生徒会」の第5話「華麗なる対決」につ
いて少し。
ちなみにこのサブタイトルだと、どうしてもブリジット・
バルドー主演の同名西部劇映画(71年)を連想しち
ゃいますね。知ってるだけで、たぶんきちんと見たこ
とはない筈ですけど。
「極上生徒会」はサブタイトルをパロディにする種類
の作品ではないし、内容的関連もないので、単なる
偶然だと思います。


short_g.gif


閑話休題。
前回の第4話「素晴らしく冴えたやり方」と並べて
みると、作劇ロジックの組み立てという点で、真逆
の好対照になっているエピソードだと思います。
第4話は、あらかじめ「和泉香というキャラクターを
解説する」という終着点が明確に定められた上で、
「ではそのために、どういうイベントが最適か」と逆
算していったようなシナリオ構造でした。
発生する色々な事件やシチュエーションが、見終わ
った後に、「ああ、和泉さんは、こういう女の子だっ
たんだな」と、見た人全てを胸落ちさせるために用
意されている、非常にロジカルな語り口ですね。
作劇術のセオリー通りに行儀のよい、愛らしい内容
だったとは思いますが、逆にいうと、「見たとおりの
お話」になっているがゆえに、コメントを付け加える
のが難しかったりもしたのですが。


一方、今回の第5話のシナリオ構造には、そういう
風に、ストーリーの目的をひとつに収束させるため
の論理性は、皆無といっていいです。
ストーリーの軸であるカレー勝負にしても、何故予
算争奪争いに決着をつけるのが、カレー作りでなく
てはならないのかということに、万人が納得する解
答は示されませんでした。
ただ、りのさんの寝言を奏会長が耳にしたから、
というだけで、カレー勝負のお話が無理矢理に動
き出し、そのことをキャラクター達も不思議に思っ
たりはしません。もちろん、奏会長の決定だから、
そも異議を唱えたりはしない、ということもあるでし
ょうけれど。


で、だからお話として駄目とか失敗とかいうことで
は勿論なくて、そもそもの「カレーを作る」という前
提自体に、なんの意味も理由も付与されていない
からこそ、以降発生するイベントや状況に、導かれ
るべき論理的結論も設定されず、文字通り意味の
ない、ナンセンスのまま放り捨てられてよいとする、
免罪符として機能するのですね。
もしここで、カレーそれ自体に、なんらかの作劇的
意味が含まれていたら、エピソードはどうしても、
意味に対する答えを結論として用意せざるを得ず、
語り口にはそれなりの筋道と、キャラクターには矛
盾と無駄に気づく理性とが発生してしまうのですが、
それでは今回のエピソードの最終目的である、
「無意味だけれど、とにかく楽しいお話にする」の
邪魔になってしまうのです。
限られた予算の争奪権をめぐって争うイベントのた
めに、さらなる予算を投入するという、本末転倒の
矛盾した行為や、カレーの味付けにおいて最大重
要要素である筈のカレー・ルウを、作り手が自分で
用意していない勝負としてのおかしさを、楽しい馬
鹿馬鹿しさ以上には機能させないためにも、一番
最初の状況設定である「カレーを作る」が、意味を
備えてはいけないのです。
ただわかればいいのは、「奏会長は、本当にりの
さんのことが可愛くて可愛くて仕方ないのだなあ」
ということくらいでしょうか(笑)。
結論として一言でいうと、「意味のないことに意味
があるという点では、戦略として大成功しているエ
ピソード」という辺りでしょうか。またまた理屈っぽく
てすみませんっ。

2005年04月21日

「極上生徒会」第3話

それでも頑張って、唯一3週目も残った「極上生徒
会」
の第3話「極上寮でパヤパヤ」を見てみました。
劇中で、極上生徒会会長の神宮司奏さんと、主人公
の蘭堂りのさんが「リリアンで遊んでいる」というシー
ンがあったのですが、僕にはその、糸を巻きつける
玩具風の「リリアン」という物が、まったくわからなか
ったのですね。
僕が知っているリリアンといえば、まずWWEのリング
アナウンサー兼シンガーの、リリアン・ガルシアお姉さ
んになりますし(笑)。
で、調べてみますと、このリリアンというのは、小さな
編み機で組み紐を作る、女の子の遊びなんですね?
僕が知らないのも当然というか、あるいは地域差も
あるのかもしれませんが。
あ、「マリア様がみてる」の方の「リリアン女学園」な
んかとの関係や由来についてはよくわかりません。


それもふまえて内容ですが、劇中登場人物が、「百
合」という概念を理解・客観視している以上、この
「極上生徒会」が正しく(?)その方向性で進むこと
はないのでしょうね。
ジャンル世界を成立させる約束事を、登場人物が
理解することは、即ちメタ視点から物語を俯瞰する
ということですから、シリアスな、ひとつの次元だけ
で構成されるお話をやろうとしたら、絶対にありえ
ないことです。
逆に、ノーマルな同性恋愛ではなく、シチュエーショ
ン・ファンタジーとしての「百合」という概念を持ち込
むのであれば、劇中でキャラクターが、それをファン
タジーとして指摘しまうわけにはいきません。
例えば巨大人型機動兵器が活躍する世界で、「ロ
ボットで戦争するなんてリアリティがない」なんて言
っては駄目ですよね。最初っからギャグの文体で
やっているならともかく、人が死ぬようなお話では
無理です。


で、今回のエピソードでは、そういった「百合」という
要素も、ギャグとして落とすためのミスリードとして
用いられていて、それはそれで構わないのですが、
ここまでの印象では、ミスリードばっかりで、「極上
生徒会」という作品の核にあたるサムシング、「極
上生徒会」って、「こういう」作品だったのか、とする
認識に至れない、というのが正直なところです。
あるいはもう、僕の感性が錆び付いてしまっている
のかもしれませんが……。
やはり、キャラクターはそれぞれ魅力的だけに、も
ったいない作品という評価です。いずれ予定されて
いるらしい、ゲーム版なら楽しめるのかもしれませ
んけど。

2005年04月14日

「極上生徒会」第2話

春新番ウィークも2週目ですが、とりあえず
「極上生徒会」は、第2話「ほとばしる青春」を見て
みました。


第1話の感触が良好だっただけに、僕の側にはそ
れなりの期待があったのですが、「こっちの方向に
いっちゃうの……」と、残念な内容でしたね。
あ、成功・失敗ということではなくて、あくまで僕の
好みの方向性との齟齬、という話ですが。
先に、生徒会の権限についてウダウダと語ってしま
ったのは、タイトルに冠している以上は、そのことが、
作品の文体、世界観の色合いを決定付ける最重要
要素だからですが、今回示されたように、「原則・な
にをやってもいい」という設定だと、逆に面白くなくな
る、というのが僕の心証です。
というか、ラストであんな大砲まで出せるのなら、
もう、生徒会という枠なんて、関係なくなります。


だから駄目ということではなく、それはそれでナン
センス・コメディの、ひとつの方法論ではありますが、
僕はもう少ししっとりとした、女の子同士の、学園内
のドラマを見てみたかったのですね。
それが出来るくらいのキャラクターは揃っているの
に、こうも世界状況がナンセンスだと、それに合わ
せてキャラクターの言動もハチャメチャにならざる
を得ませんから、せっかくの個性と魅力が、ずいぶ
んとスポイルされてしまいます。というか、されちゃ
いました。ああ、もったいない……。
思い返せば「双恋」も、初期はかなりハチャメチャな
ノリで、物語が落ち着き始めたのは、ワン・クール
作品にもかかわらず、第5話を過ぎてからでしたが、
同様の忍耐を求められるには、余裕がないのが現
状だったりします。

2005年04月08日

「極上生徒会」第1話

えっと、ではでは、春新番「極上生徒会」の第1話
「拝啓、ミスター・ポピット」を見て、作品世界批評
的に思ったことを、少しだけ書いてみますね。
とりあえずは、タイトルである、宮神学園の最高機
関「極上生徒会」という組織の、ファースト・エピソ
ードにおける紹介の仕方について。


「生徒会」という名前がついている以上、その行動
範囲と目的、そして権限は、学校自治区内に限定
される、というのが、一般的な認識だと思います。
大仰なOPナレーションも、よく読めば、それ以上の
ことを伝えていません。
物語が、学園内社会を主軸に展開される場合、制
限された生徒会の権力も、生徒側からは絶対的な
ものとして表現されることも多く、例えば生徒会が
生徒の生活・行動を徹底管理する、全体主義国家
統治のパロディのような設定も、可能になります。
実際の生徒会がそんな権力を保持することは、ま
あ絶対にないと思いますが(笑)、ともあれフィクシ
ョン世界においては、学校内にあるからこそ、生徒
会はひとつの権威として機能出来るのですね。


第1話における宮神学園極上生徒会の目的は、
街で放火を繰り返す放火魔の発見と捕獲でした。
この目的は、学園自治という、一般の生徒会が、
本来対象としている管轄からは外れたものです。
例えば放火魔が、宮神学園内ないしは関連の建
物ばかりを狙っているのなら、自衛としての大義
名分も成立しますが、冒頭で、主人公・蘭堂りのさ
んの暮らす筈だったアパートが燃やされたように、
放火の対象を限定する動機情報は、作中では示
されていなかったと思います。
つまり放火魔の行為は、学園自治とは無関係な、
警察組織が管轄とすべき、一般犯罪にカテゴラ
イズされるものです。


なので当然、学園自治の管理を目的とする組織で
ある生徒会が、公的な捜査権も逮捕権もないまま
に、学外の事件に介入する理由が、リアリティをふ
まえた形で提示される必要が生まれてきます。
まずその理由を必然として示せないと、学外の事
件に介入し、本来の管轄を越えてしまった時点で、
極上生徒会は、「生徒会」組織としてのアイデンテ
ィティを失ってしまいます。
それよりなにより、犯罪者と接することは、普通の
生徒会が提供するような、社会経験を積むための
校外ボランティア活動と同列にとらえるには危険
過ぎる、という意見が僕にはあります。
よく比較される「舞-HiME」の女の子のように、超
常的な力を備えていればともかく、この「極上生
徒会」の女の子の武器は、トランプにヨーヨーに
眼鏡にと(←最後のは武器じゃないですっ)、な
んだか頼りないものも多いですし。
だから、生徒会上部の命令下に、生徒達が危険
に身をさらす理由は、納得出来るかたちで示され
て欲しいわけです。


残念ながら第1話の範囲内では、その部分も含め
て、普通の生徒会とは異なるが、それでも生徒会
である「極上生徒会」という組織の内実・方向性に
ついては、明示されませんでした。
ところが主人公の蘭堂りのさんは、それほど戸惑
いも見せないまま、そんな怪しい(笑)組織に加入
することになります。
りのさんの選択自体については、事前に「住む家
もお金もなく、極上生徒会の寮を頼るしかない」と
いう事情が用意されていますから、打算としては
受け入れられますが、この学園に対する異者とし
て、主人公のりのさんに視点を重ねていた視聴者
の僕としては、置いてけぼりにされたような気持ち
にもなりました。彼女は、どれくらい極上生徒会の
ことを理解しているんだろう……って。


今回の第1話の、エピソードとしてのおさまりが悪
かったのは、そんな大枠の、タイトルとして冠され
た極上生徒会に対する、主人公りのさんのリアリ
ティ認識と、見る側のそれが、エンターテインメント
としては不幸なことに、少々乖離してしまったから
でしょうね。
結果、ファースト・エピソードとしての最重要な役割、
「この物語世界はこんなところですよ。こういうリア
リティ規定でお話をやりますよ」という解説が、不十
分になってしまったと思います。
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