2007年08月29日

「ひとひら」第3&4話、見ました。


引き続き、AT-Xでリピート放送中である
「ひとひら」公式サイト)の、第3幕「初
舞台」
第4幕「頑張ってる…?!」を見て
みました。
心配していた、直接的な暴力シーンがなか
ったことには安心しましたけど(理咲さんが
甲斐君に怒る度にドキドキします)、見なが
らずっと思っていたのは……、アニメで文体
を確立するのは、実は作業としてとても難し
いことなのかも、ということですね。


アニメは映画と同じ総合芸術ですから、文体
という意味も、画面から伝えられる全ての情
報の総合させた上で生まれた、その作品なら
ではの個性ということになりますが、この「ひ
とひら」の場合、頭の中でこの作品について
考えようとしても、取っ掛かりがないというか、
これこそが「ひとひら」だ、という絵を思い浮か
べることがまだ出来ません。
シリアスとコメディのバランスというだけでな
くて、例えば第4話に至っても、シリアスな場
面で、キャラクターにこういう種類の演技をさ
せるのかという驚き……というよりは、戸惑い
を感じたりします。
演技以外にも、キャラの撮り方とか台詞の種
類とかに、語り口上の核が見えないというか、
安定がないというか……。
第4話で顕著だった、本筋からの逸脱として
のコメディ・パートにしても、逸脱の出発点とな
るべき、本来の文体が不明瞭なので、乗り切
れなかったというのが本音です。
どこまでが笑うべきところなんだろうと考えつ
つ見なくてはいけないコメディ・パートは、不幸
な立場だと思いますし、申し訳ないとも思って
います。


short_g.gif


この第3&4話では、声を失うかもしれない覚
悟で芝居を続けている野乃さんの事情が明か
されますが、これは設定としては茶化すことが
まず不可能な、シリアス過ぎるものなので、扱
いがとても難しいものを持ち出してしまったと
思います。
野乃さん自身については、本人も言っていたよ
うに、「自分の人生なんだから」で済ましてもい
いのですけど、そういう行動に加担する理咲さ
んや桂木先輩に、自分達の行動を視聴者に納
得させるだけの説明が出来るでしょうか。
変な話、不治の病で余命何ヶ月とか、大仰過ぎ
る不幸設定とかだと、残された人生を精一杯生
きるために力になりたい、というような主張も逆
に可能ですが、野乃さんの場合は、演劇のよう
な無理をしなければ、普通の生活はなんとか送
れそうな感じですし。
野乃さんが声を失っても構わないと考えている
わけではもちろんないでしょうけど、そのリスク
を知りつつ、なお協力する2人の描き方は、とて
も難しいものになりそうです。
逆に言うとその壁を乗り越えられれば、作品と
して間違いなくランクアップ出来るわけですが。


posted by mikikazu at 09:14 | アニメ感想・「ひとひら」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
eXTReMe Tracker
×

この広告は90日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。