スカパーの来月のガイド誌が届きまして、その中に、
アニメ専門局AT-Xの広告が載っていたんですね。
某アニマックスを意識した「ガンダムは無い。でも」
というコピーも面白いですが、中ほどの、「そのほ
かにも、名作、珍作、新作、話題作をゼッサン大放
送!」という言葉の下、「Fate/Stay night」「極上生
徒会」「女子高生 girl's-high」「TEXHNOLYZE」とい
う並びで作品紹介されているのは、つまり「極上生
徒会」は「珍作」認定ということだったりするんでし
ょうか。
胸を張って否定出来ないとこがアレですけど。ま、
まあ、面白い作品ではありますよ?
そのAT-Xで、先週から連日リピート放送の始まった、
「ARIA The ANIMATION」(公式サイト)を、とりあ
えず第5話「その あるはずのない島へ…」まで見
てみました。
このアニメ版の良いところを挙げてみると、やはり
まず、キャストのグッドチョイスになりますね。
僕は原作コミックを先に読んでいて、特に台詞回し
には特徴のある皆さんですから、それなりの思い入
れはあったと思うのですけれど、実に違和感無く、
耳に入ってきてくれました。全然キャストの違う、
CDドラマシリーズを先に聴いていた人だと、また別
の感じ方になるんでしょうけど(アニメ版のアイちゃ
ん役の方が、灯里さんなんですね)。
個人的なベストキャストは、「でっかいお世話です」
がまさにそのままだった、アリスちゃんでしょうか。
あ、もちろんアリシアさんの「あらあら」も藍華さん
の「恥ずかしい台詞禁止!」も、アリア社長の「ぷい
にゅ」も、それぞれオッケーですが。
劇伴音楽も、残念ながら劇中で、効果的な用い方は
あまりされていないものの(OPにおける台詞挿入は
雰囲気を壊していますね)、音楽単体は、確かに良い
出来だと思います。
画作りという事に関していうなら、原作のカメラが、
常にキャラクターの肩越しに、ネオ・ヴェネツィア
も主役の1人として、広く世界を捉えようとしてい
たのに対して、アニメ版は逆に、(印象ですが)正
面から、大きくキャラクターを写すような傾向があ
り、ネオ・ヴェネツィアはその陰に隠れて、背景の
一部としてしか扱われていないように思えます。
そのことをふまえて感じたのが、アニメとコミック
での、画角の違い、でしょうか。
即物的なことでいえば、テレビの画面の方が、ずっ
とコミックよりは大きい筈ですよね。
でも、自由なコマ割が許されるコミックの世界では、
その演出によって、読む側の目に映る世界の大きさ
も、多様なコントロールが可能で、物理的な紙面の
サイズに束縛されません。時には、映画のスクリー
ン以上の視野を読者に与えることも出来ますし、原
作コミックがその域の完成度に達していることは、
既読の方には解説不要ですよね。
そういう経験があると、常にテレビモニターのサイズ
に画面が固定されているアニメは、色や音や動きと
いった付加要素がある一方で、実に不自由な世界だ
とも感じてしまいます。
原作コミックでページを開いた時の、見開きでネオ
・ヴェネツィアの空気が流れ込んでくるような、爽快
な驚きは、なかなかに再現が難しいのでしょうし、
だからこその、キャラクター主体の、視点選択なの
かもしれませんね。
お話の構成に関していえば、第2&3話でみられた
ような、「原作はシーンの素材集に過ぎない」とい
う、原作エピソードをシャッフルして再構築する手
法は、無粋というか、勘弁して欲しいです。
ひとつのシーンがそこで描かれるためには、エピソ
ードの中での、物語文脈という必然性がちゃんとあ
るわけですが、それを無視して、シーン単位で切り
取って継ぎ接ぎしても、本来の文脈の必然性を無
視しているわけですから、上手くいくわけがないし、
実際失敗しています。
心情的なことで言っても、例えば第3話で暁さんは、
本来なら彼が主役であった原作コミック第3話の
シーンを流用されることで、彼の主役としての立場
を奪われてしまっていて、彼に対してとても失礼だ
とも思いました。
また、その流用されたシーンが、原作以上の感動
を作り出しているわけでもありませんし、僕として
は原作で好きなエピソードだっただけに、この「格
下げ」には、なんとも憤慨の思いでした。
御贔屓のアル君は、ちゃんとフィーチャーしてほし
いんですけれども、どうでしょうか。
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