先週末帰省している間の娯楽というか、課題に
していたのが、かねてよりお世話になっている
アメリカ・ニュージャージー州の百合振興団体
Yuricon(公式サイト)代表のErica Friedman
エリカ・フリードマンさんが執筆された英語百合
小説「Shoujoai Ni Bouken: The Adventures
Of Yuriko」を読み終えることでした。
実家にはネット環境もPCもないので、Yuriconサ
イト内で公開されている未読部分を、全てプリン
トアウトしていくことになりました。140ページくら
いになっちゃいましたけど。結局読み終えられた
のは、帰りの電車の中でしたね。
以前にも一度ご紹介しましたけれど、この小説の
舞台は日本です。
明確な場所は不明ですが、一度だけ「新宿」という
地名が出てはくるので、主人公の職業を考えても、
東京ないしその近辺、と考えていいだろうとは思い
ます。
主人公はYurikoという名前の、カミングアウトし
ているレズビアンの、アイドル兼シンガー兼女優
である24歳の女性。
その彼女が、あるテレビのリアリティ・ショーの収録
のために、Mitsukawa高校に三年生として編入
することになる、というのがメイン・プロットです。
現実では最後まで過ごせなかった高校生活のやり
直しと、合わせて進む本当のパートナーとの出会い
といった感じのストーリーですね。
最後まで読み通してもなお、「日本を舞台にした小
説」というリアリティは、大きく崩れなかったと思い
ます。
もちろん、同性愛をカミングアウトしている女性が
トップ・アイドルになり、その彼女を主役にしたテレ
ビ番組の収録を高校が受け入れる、という基本設
定は、現在の日本ではありえませんが、それはフィ
クション・ストーリーを作っていく、前提としての嘘と
していいと思います。
そういうアイドルが社会的にある程度容認されてい
る、同性愛者から見た時の理想的なファンタジーと
もいえますか。
僕のような日本の高校を経験している日本人読者
の場合、細やかなディテール解説がなくても、
YurikoがMitsukawa高校内で置かれている状況・
雰囲気は、ある程度記憶で補完出来ますから、より
読み解きやすいという利点はありました。
また、アメリカの高校だとロッカーは各個人が所有
し、鍵で管理していますから、隙間でもない限りは、
第三者が物や手紙を入れたりすることは出来ません。
一方日本の学校では、個人の大きなロッカーという
ものはなくて、履き替える上履きを入れた、靴箱が
あるのみで、鍵がかけられる場合もほとんどないと
思うのですが、そういう日本だからこそ可能な、
「The Mysterious Bento」というサブ・プロットが
進行出来るのは、日本の高校だからこそのお話作
りだと思います。僕はこのお弁当イベントが、とて
も好きでした。
ゆえに、日本の高校のことを全く知らない、海外の
読者さんにとっても、そういう「日本の高校だからこ
そ」という雰囲気作りは出来ているとしていい、と
考えます。
物語は、ほぼ主人公Yurikoの主観で進むのですが
(文章自体は三人称です)、そのYurikoのキャラク
ターが好ましいのも、僕にとっては物語を好意的に
受けとめられた理由のひとつになりますね。
同性愛者であることを理由に十代で両親から縁を
切られ、それなりの苦労を重ねたきた筈のYuriko
は、性格が擦れていてもいい筈ですが、すんなりと
高校三年生の同級生に溶け込めたように、ピュア
でオープンな部分を保ったままです。
幼馴染みの親友であるMarikoさんの言葉を借りる
と、「いつも周りの他人を幸福にしようと苦労してい
る」人ですね。まあ、そのMarikoさん自身が、ずっと
Yurikoの行動に心配させられっぱなしで、心の休ま
る時がない、みたいなのは皮肉で微笑ましいです
けど(笑)。
そういう真面目なYurikoの視線を通しているから
こそ、描かれる「もう一度の」高校生活が、価値が
あるものとして読み取れるのも確かだと思います。
あくまでテレビ番組のためなのだから、つまり
「仮」の立場なのだから、全てはアイドルの立場
で演じて済ませばいいものなのに、Yurikoは宿題
やテストには本気で挑み、クラスメートの抱えてい
る悩みや問題にも、同じ視点から考えて協力を惜
しまない。彼女が全てに本気で向き合っているか
らこそ、Mitsukawa高校内のドラマも、本当のも
のになっているわけです。
喜ばしいことも、心を傷つけ重くすることも全て含
めて、高校の青春時代でしか描けないドラマが再
生されているのです。
この小説については読み進めながら、著者である
エリカさんと、進行に合わせて経過報告というか、
折々の感想や意見をメールで何度か交わしていた
のですが、そういうYurikoの立場について、エリカ
さんがこういうコメントを送ってくれました。
エリカさんの許可を得て、以下に転載します。
そうですね、こういう風に考えたら、わかりやすく
なるでしょうか?
日本にいる間、決して日本社会の一部にはなれな
いことを、私は理解しています。ずっと私は外国人
であるわけですから。
時には、それで得をする部分もありますけど。例え
ば日本人ならとんでもないというような間違いでも、
外国人である私なら許してもらえたりもしますし。
また逆に、外国人であるがゆえに、全く歓迎されて
いないと感じる時もあります。
でも、そういう疎外感は、私がずっと感じ続けてい
くことです。Yurikoも最初に高校生であった時には、
同じように感じていました(10代のゲイ・レズビアン
の多くもそうです)。他人と違っていることは大変で
すが、他人と同じでいることも、もっと大変なのです。
だから、Yurikoが(仕事で)高校に戻った時には、
過去とは全く異なる視点を持っていられました。
日本社会では普通ではないでしょうけれど、彼女
はオープンで、彼女自身でいられた。
有名人であるからこそ、彼女にはそれが出来たし、
周囲にも許された。なので彼女は、レズビアンで
あることを理由に拒絶されることを恐れることなく、
本来楽しめた筈の高校生活を、今回は満喫するこ
とが出来たのです。
逆に言うと、Yurikoが同性愛者という自分の立場
を偽ることなく、心から今回の高校生活を楽しむ
ためには、有名な芸能人という立場が必要だった
ともいえますが、それが、現実の青春期を経験して
いる同性愛者の人からの、「それくらいはしないと
説得力がない」というリアリティなのかもしれません。
最後に、日本の人達に向けて、エリカさんから直接
メッセージをいただいていますので、それも紹介し
ておきますね。
「Shoujoai Ni Bouken」を読んでくださってありがと
うございます。
このお話を書こうとした時、私は日本文化については
あまりよく知っていませんでした。なので、とても多く
のことを勉強しました。それでもいくつかの間違いが
あることは知っていますので、それについては許して
いただきたいと思います。
私は読まれた方々が、Yurikoの人生とその生き方を
理解して欲しいと願っていますし、ありのままの彼女
を受け入れて欲しいと思っています。なにより、彼女
のことを人間として好きになっていって欲しいですし、
彼女や彼女の友達たちと過ごす時間を楽しんでくれ
たらいいと思います。
ということです。ありがとうございました。
最後の部分には、僕に対する感謝の言葉もあったの
ですが、僕は何もしていませんし、恥ずかしいので
略させていただきました。すみません、エリカさん。
この「Shoujoai Ni Bouken」は、現在全五章のうち
第一章までが書籍化されて出版されています。
一応日本Amazonからも注文出来ますが、実際の
納期がいつになるのかはちょっとわかりません。
Yuriconのサイトでは、全章が公開されていますの
で、そちらで読んでいただいてもいいでしょう。
英語はそんなに難しいレベルではないと思いますが、
僕もまあ、休み休みで1ヶ月くらいはかかりました。
でも、内容的に面白いのは間違いないので、英語を
苦にしなくて、海外で書かれた百合・レズビアン小説
に興味のある方には、とってもお薦めです。
最後になりますが、素敵な作品とキャラクターを創っ
てくれたエリカ・フリードマンさんに感謝を。
ありがとうございました。
さて、続編の「Saiyuu no Ryokou」も読まなきゃ。

