2007年09月30日

「Yes!プリキュア5」第31話、見ました。


そうですね、かれんさんは劇中でもご両親を
「お父さま」「お母さま」と呼んでいますから、
「お兄さま」も自然なんでしょうけれど、とも
あれとても嬉しいです。
ちなみに他のメンバーだと、のぞみさんは普
通に「お兄ちゃん」が似合うでしょうし、こまち
さんはまどかさんを「お姉ちゃん」と呼んでい
ましたから、彼女も「お兄ちゃん」にすべきでし
ょうか。個人的には「兄さん」くらいの落ち着い
た感じならツボですけど。うららちゃんだと、距
離感が適度な「お兄さん」がふさわしいかも。
残るりんさんは――体育会系なので、やっぱ
り「あにぃ」?←こらこら


はいはい妄想終了終了っ。
というわけで、「Yes!プリキュア5」公式サイ
)は引き続き、第31話「のぞみとココのラ
ブレター事件!」
を見てみました。
まだまだ力不足ではありますが、出来る範囲
で論考を進めてみますね。な、長過ぎですけ
ど(汗)、かれんさんに期待されているのなら
頑張らないとですっ。


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予想通りに、前話「ミルクの決意とみんなの力
!」と対になったエピソードとして受けとめるべ
きだろうと思います。
前話も今回のお話も、中心にいるのはのぞみ
ですが、その語られ方は、前話のプロットのき
っかけが、ミルクがパルミエ王国のお世話役見
習いとしてふさわしいか、のぞみがプリティアと
してふさわしいかという、キャラクターを「外側」
から見た議論から始まっているのに対して、今
話の場合、見つかってしまったたくさんの、生徒
からのラブレターへの、のぞみとココというキャ
ラクターによる、とてもパーソナルな「内側」から
の反応や戸惑いであったりするという、対比が
明確です。


そういう語り口の違いに従い、前話におけるの
ぞみ・ミルクの衝突は、傍から見ると明らかに
ミルクの言動に非があるように描かれ、かれん
の助言に従い、彼女が素直になって謝るだけ
でお話は決着出来るようになっていました。ミル
クはそもそものぞみのことは大好きという事実
が明白ですから、のぞみの側も、プリキュアと
いう与えられた立場についてのみ、悩めばよか
ったわけです。


一方、今回のお話はもっと深く、相互的です。
パルミエ王国を救うという目的が客観的にはっ
きりとしている、形があるプリキュアとしての
立場ではなく、ラブレターに対する反応によっ
て表出せざるをえなくなった、のぞみとココの、
お互いに対する気持ちという、極めてパーソナ
ルで、曖昧模糊な形のない「感情」を、そのテ
ーマとしています。
ただミルクが素直になればよかった前回に対
して、語り口の視点というか、悩み具合はのぞ
みとココで配分が平等であり、さらにレベルが
ひとつ上がったお話といえます。


short_g.gif


そうしてまた、個としてのエピソードの構造以
上に重要なのは、シリーズ全体の中での位置
づけという観点からすると、このお話は、主人
公であるのぞみが、ついに一歩踏み込んだ、
物語に対して主体的にコミットした瞬間を描い
ているという点ですね。
シナリオ術でいうと、それ以降のストーリーの
方向性を決定する、「劇的な選択」の瞬間です。
全ての映画は、この瞬間に到達するため製作
されているといってもいいくらいです。
前話であらためて、「のぞみには個人としての
夢がない」という批判が示されたのも、個人と
しての主体を問う、今話の前段階として適切だ
ったと、今ちゃんと理解出来ました。


僕個人の論考でも、プリキュアの傭兵としての
立場、つまりあくまで第三者としての戦力提供
にとどまり、パルミエ王国復活という、目的の主
体者としての視点からは一線を置いている立
場については、かなり強調して述べてきたと思
います。
そういう立場の描き方は、のぞみ達の、サンク
ルミエール学園を中心とした日常世界を破壊し
ない一方で、身体を張って戦いに挑むプリキュ
ア達の目的意識というものを、ある程度ルーテ
ィーンの枠に留めていたと思います。
プリキュアというスーパーヒロインに変身出来
るからこそナイトメアと戦うという、ジャンルと
してのお約束であるわけですが、一方でその
お約束は、ではもしのぞみ達はプリキュアに
変身出来なかったら、ココ達に助力しようと
は思わなかったのかどうかという、危険な想
像も含んでいるものです。


色んなジャンル作品の中で難しいのは、観客
側との相互了解の中で許されているお約束と、
キャラクター達の生身の感情反応のバランス
だと思います。
変身出来るからといって、誰もが戦いたいわけ
ではないでしょうし、その逆もあるでしょう。
作品が傑作としてのラインを越えるには、そう
いったキャラの感情が、どうやって状況にコミッ
トしていくか、乗り越えていくかという過程をリア
ルかつ劇的に表現出来るか、だと思います。
リアルというのは、ただ単に悩めばいいというこ
とではなく、その作品の世界観に沿って、いかに
観客を感情移入させられるか、一線を越えて状
況の主体者となる瞬間の判断を納得させられる
か、ということです。


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一観客としての意見をいうと、この第31話で、
ついに選択の瞬間を描くという際の物語に、
「恋愛感情」という文脈が与えられたのは、
とても嬉しく、評価したい判断でした。
過去の「プリキュア」シリーズの場合、主人公
達の恋愛対象は、あくまでこの世界の側の人
物だったと伝え聞いていますが、この「プリキ
ュア5」の、のぞみとココのように、属する世
界が異なるキャラ間で、そういった関係を描
こうとした場合、踏み出すにはそれなりの覚
悟が必要ですし、より状況に対して主体的に
関わっていく宣言にもなります。
「伝説の戦士プリキュア」としての仕事だけで
はなく、もっと違う意味でのパーソナルな気持
ちを理由にして、戦いに挑むわけですね。
逆に言うと、そういう感情を理由にすると、よ
り引けない立場にのぞみを追い込む、という
ことでもありますが、さらに奥深いドラマが描
けるという面では、歓迎すべきことです。
そういう決意の中心に、「正義」のようなお
題目ではなく、極めてパーソナルな「恋心」を、
30話を越えた時点でついに置くとするなら、
嬉しい到達感が、やはりあります。
これからは、のぞみとココにしか描けない物
語になるのですから。


到達感ということについていえば、やはりテレ
ビアニメというメディアの利点でもあるでしょう。
映画の場合は通常2時間くらいの長さしかなく、
限られた時間の中で、このシーンはこういう意
図を秘めており、後々のシーンとこう繋がって
という計算を緻密にしていかなくてはなりません。
でも、テレビアニメの場合は、以前の論考でも
述べましたが、日常感の構築という点では、映
画をはるかに上回るボリュームがあります。
プロットの論理性よりもまず、その世界の雰囲
気を堪能し、キャラ達の日常の空気を共に味わ
える特権があるのですね。
そうやって構築されてきた日常でも、やはりキ
ャラ達の心というものには変化と成長があって、
のぞみとココがついに一つの選択、お互いに対
する自分の気持ちを一歩受け入れていく決心に
至った今回のお話は、そういう意味で物語の必
然的かつ健全で、正しい進化を示していると思
えました。



posted by mikikazu at 10:32 | 海外情報 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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