は、第15話「私が此処にいる理由」について、ちょっと
簡単に少しだけ。
今回のドラマの発端である、極上生徒会の副会長・銀河
久遠さんの部屋で見つかった、謎の男性とのツー・ショッ
ト写真の存在が、まず物語を読解する上での障壁ではあ
りますね。
写真に久遠さんと共に写っている男性は、情報機関ナフ
レスのエージェント「藤澤恒久」で、そのことから、ナフレ
スに与えられた任務――「神宮司奏の力の秘密を探る」
――のために、久遠さんが宮神学園と極上生徒会に送
り込まれたことが発覚するわけです。
けれど、周囲に正体を隠している筈の久遠さんが、そん
な証拠となる写真を持っていることが、そもそも理屈に合
いません。
また、諜報機関のエージェントともあろう人物が、潜入させ
る工作員とのツー・ショット写真を撮らせるような馬鹿な真
似もするわけがないでしょう(久遠さんの制服から、撮影
時期は任務開始後と推測されます)。
理屈を通すなら、正体がバレるリスクを背負っても、その
写真を撮って所持していたい、「現在」の久遠さんの、エ
ージェント「藤澤恒久」氏に対する個人的な感情が必要
になってくるわけですが、物語中盤の彼との接触シーン
において、終始「あなた方」と複数形でしかナフレス側を
表現しない久遠さんからは、その種の感情は読み取れ
ません。隠している可能性もありますが。
久遠さんに写真を持っている理由がないのなら、これは
第三者が用意したもの、ということになります。
怪しい久遠さんの反応を見る、隠密部の矩継琴葉さんが
仕掛けた罠という解釈も見かけましたが、隠し撮りのよう
な写真ならまだしも、明確に久遠さんと藤澤氏が撮影者
を意識しているような写真まで、彼女が手に入れられる
とは思えません。藤澤氏との関係を知る者がいる、と久
遠さんに伝えるだけで効果は十分ですから、フェイクでも
よいのですけど……。
ともあれ、上述したような、写真をめぐる辻褄というのは
本質ではなくて、要は諜報機関なんていう、青春砲とは
対極にあるようなリアリズムに基づく存在を無理に挿入
するから、不必要にややこしくなる、ということですね。
完全にイリーガル(1.非合法)な青春砲を平気で運用出来
る、つまり合法・非合法性が、ドラマツルギーを支える世
界律として機能していない世界で、イリーガル(2.身分を
偽って行動する工作員・諜報員)ゆえの苦しみを描くとい
う今回の作劇は、作品を総合的に見ると、そもそも木に
竹を接ぐようなものだと思いました。
この辺はもう、繰り返して示されてきた、この作品の構造
的な欠陥ですね。
その一方で、キャラクターの物語だけを取り出して見た時
には、作画・演出のクオリティの高さもあって、なかなかに
成功しているとも思えるので、評者としては、とても困って
しまうのです。
他ならぬ僕自身が「望み過ぎかもしれない」と自覚出来る
のは、それだけの魅力と可能性を、極上生徒会キャラクタ
ーのみんなから感じ取っているからこそ、なのですけれど。
そういった戸惑いをふまえて、一つだけ述べることを許して
いただくと、奏会長が語ったりのさんの才能「ご飯をいっぱ
い食べること。喜怒哀楽がはっきりしていること」も、立派な
才能だと思います。
「ご飯をいっぱい食べること」は、まあ健康極まりないって
ことですし、「喜怒哀楽がはっきりしている」ということは、
りのさんの感情発露をそのまま信じていい、そこにいて、
喜んだり怒ったりしているりのさんを、本当の彼女自身だ
と受けとめていい、ということですから。
作中で、寝ているりのさんの頭を優しく撫でながらの奏会
長の慨嘆、
「普通でいるのって大変ね……。自分らしくいるのって、ど
うして……」
には、久遠さんのことや、背負ったものが多過ぎる自分自
身のこともふまえて、だからこそ、いつも誰に対しても自分
らしくいるりのさんを大事にしたい、奏会長の深い気持ちが
込められていると思いました。
そう他人に感じさせることは、りのさんだからこそ出来る、
りのさんの「才能」に違いないのです、きっと。
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