Brigid AlversonさんのMangaBlog経由で
知りましたが、僕もその膨大なテキスト量に
驚いたのが、マンガ情報サイトComiPress
が、本サイトの活動休止と合わせて発表した
新しい企画の、Inside Scanlationです。
スキャンレーション scanlationは、ご存知
のように、マンガを権利者の許可を得ずに
翻訳したものですね。アニメの場合はファン
サブ fansubです。
ファンサブと同じく、ネットの普及と共に、海
外のファンの間で、自国では出版・放送され
ていない作品・エピソードを手に入れる手段
として重宝されてきましたが、一方でその違
法性・市場に与える功罪についても、議論が
あります。
このInside Scanlationの目的は、賛美や
批判ではなく、客観的にスキャンレーション
について考えるためのデータを提供していく
こと、だそうです。
ざっとコンテンツを見渡しても、歴史や用語・
技術解説、主要スキャンレーション・グルー
プの紹介、メンバーへのインタビュー、歴史
的資料(出版社からの警告文・事件解説)な
ど、膨大な量です。
賞賛するにせよ批判するにせよ、対象につ
いてよく知ることは必要ですから、その理解
のためのリソースとして役立つことは、間違
いないでしょう。じっくりと読んでいきたいと
思います。
まず目を通してみたのは、Historyのコーナ
ーで、90年代から現在にかけてのスキャン
レーションの歴史を、大まかに三世代に分
けて解説していました。
テキストだけをA4用紙に印刷してみても、
20ページになってしまう、とてもボリューム
のあるコーナーですけど、スキャンレーショ
ンの歴史を俯瞰する一助になると思います。
その全てを紹介するのは無理ですが、簡単
に各年代の大きな動きだけまとめてみますね。
原文には、スキャンレーション・グループ名
や個人名も細かく記載されていますけれど、
ここでは紹介しません。
・90年代
個人や小さなグループで、マンガのファン翻
訳は既に行われていて、ファンサブがVHSテ
ープでやりとりされていたように、スキャンに
ついてもCD-Rに焼かれて、普通の郵便で送
られることもあったよう。
ネットが広まり始めると、オンラインでのやり
取りも始まり、この頃のスキャンされていた
作品として、
「らんま1/2」
「きまぐれオレンジロード」
「ドラゴンボール」
「X」(CLAMP)
「魔法騎士レイアース」
「ふしぎ遊戯」
「美少女戦士セーラームーン」
「スレイヤーズ」
「幽遊白書」
などが挙げられている。
当時の目的としては明確に、日本国外では入
手出来ないマンガ作品を紹介すること、とされ
ていた。
スキャンレーション scanlationという言葉
が定着したのは2000年頃で、それ以前は
"fanscan"、"fanscanning"、"fan-lettering"
という表現もあったよう。
・2000〜2001年
この頃までに、それまで個別に活動していた
スキャンレーション制作者の組織化が始まり、
4月には初めての、現在と同じような形のス
キャンレーション・グループが誕生する。
手がけた最初の作品は「D・N・A²」「I"s」
「ラブひな」。メンバーの数はすぐに30人ほど
に到達。
刺激を受けて、同様のグループが次々に立ち
上げられていく。
この頃のコミュニティは、IRCチャンネルをメ
インに構築されていた。スキャンレーションの
ダウンロードも、そこで行われる。
90年代後半からの、第1世代に属するこの
頃のスキャンレーション・グループ間では、
「ライセンスされた作品のスキャンは取り下
げる」「他のグループがスキャンしている作
品には手を出さない」という暗黙の了解が
成立していた。
一方で、スキャンレーション技術の向上と共
に、市場に与える悪影響についての懸念も
生まれてくるようになる。
・2002〜2003年
ネットのブロードバンド化の浸透、アメリカ国
内でのアニメ・マンガの認知度の高まりによ
り、スキャンレーションの人気と需要も一気に
増加する。
スキャンされる作品の数・ジャンルは爆発的
に増え、日本マンガだけではなく、韓国マンガ
の翻訳も始まる。
逆に、アメリカで出版された英語版マンガを
ヨーロッパ向けに翻訳するグループも。
グループの数も増えていくが、同時にグルー
プ間での対立・抗争も起きる。
ファンサブと同様に、ダウンロードのための
ソフトとして、BitTorrentが活用され始める。
増加するグループ数に対応して、スキャンレー
ションの総合情報サイトが登場。コミュニティの
場は、それぞれのグループのサイトから、情報
サイトのフォーラムへと移り始る。
そういった、個々のグループにこだわらなくなっ
てきたのが、第2世代とされている。
・2004〜2005年
スキャンレーションされる作品の数はさらに増
加傾向。
新規参入者の急増により、かつての「手に入ら
ない未知のマンガ作品を紹介する」という意義
は薄れ、「タダのマンガを手に入れるため」に、
スキャンレーションの目的は変容していく。
前者の理由にこだわる第1世代と、スキャンレ
ーションが当たり前に手に入る時代しか知らな
い第2世代の対立も深まる。
マンガ情報サイトにおいても、スキャンレーショ
ンのリリース情報を扱うところと、そうでないと
ころに分かれる。
アメリカでライセンスされた作品でも、構わず
未出版巻・エピソードがスキャンされていく。
それまでは単行本なりを輸入しなくてはならな
かったRAW、つまり日本語のオリジナルが、ネ
ットを通じて簡単に入手出来るようになってくる。
単行本はおろか、連載されている雑誌が発売さ
れる前にリークされたものが流れてくることも。
結果として、質よりも、毎週のスキャン制作の
速さだけを競うグループも登場。翻訳者などの
スタッフの不足も。
IRC経由ではなく、直接スキャンレーションをダ
ウンロード出来るサイトが人気。
料金を徴収しているサイトに対抗するために、
同じスキャンが無料でダウンロード出来るサイ
トを立ち上げる行動も。
また、スキャンをCD-Rに焼いて、Ebayに出品
する者も現れる。
・2006年〜現在
この頃までに、始めた頃は大学生くらいだった
第1世代のスキャン制作グループの多くが消
える。
続く世代は、作業が簡単になってきたこともあ
り、かつてのような大規模なグループは作らず、
少人数で、少ない作品を手がけるように。
RAWを提供するサイトの登場で、スキャン制作
のスピードアップがさらに加速。
「Generation JUMP」とされる第3世代、少年
ジャンプの作品だけを手がけるグループが増加。
「NARUTO」だけでも、同じエピソードのスキャン
を毎週制作するグループの数が10を超える。
それに対抗して、速さよりも質を重視したスキャン
制作を目指すグループも登場。
人気作だけではなく、かつてのように「知られて
いない名作」の認知普及を目的に。ライセンスさ
れた作品にも手を出さない。
ダウンロードするまでもなく、ウェブ上でそのまま
読めるスキャンレーションを提供するサイトが普
及していく。
他人の作ったスキャンを掲載し、広告収入を得る
手法に批判も。
とりあえず要所だけですが。
今回のInside Scanlationの立ち上げで
驚いたのは、Marco Paviaさん(TOKYOPOP)、
Simon Jonesさん(Icarus Publishing)
さんといった、北米のマンガ出版社の人も、
スキャンレーションをテーマにしたインタビュ
ーに答えていることですね。
「どうしてスキャンレーション制作に対して、
法的措置を取らないのか?」という質問には、
両者が口を揃えて、「そんな経済的余裕がな
いから」と答えています。
ちなみに、歴史的に確認出来る最も古いファン
翻訳のひとつとして、フレデリック・ショットさん
をメンバーに含んだDadakaiによる、77年の
「火の鳥」のケースが紹介されていましたけど、
ショットさんによれば翻訳に際して、手塚プロか
らはきちんと承認を得たそうですから、現在の
無許可スキャンレーションと同じものとして語る
ことは出来ないと思います。
というのも、スキャンレーションのエクスキュー
ズとして、「今は研究者として評価されている
フレデリック・ショットだって、かつてはスキャン
を作っていた」というコメントが、時々出される
ので。