「Yes!プリキュア5GoGo!」から、かれんさん×
くるみさんの新作SS「Love Cares」が出来上がり
ましたので、UPしておきます。
これまで書いてきた、かれんさんとくるみさんの
お話を一応並べておくと、
1.「Two in the Room」(08.07.21)
2.「Tea in the Room」(08.08.08)
3.「Two in the Bed」(08.12.10)
・本編第36&37話の後のお話
4.「Good Days,Good Days」(08.12.18)
↑3の翌日のお話
ということになりますね。
かれんさんとくるみさんのお話については、「GoGo!」
本編でほぼ無視されていたからこそ、こちらで勝手に
書き進める自由があった、とも言えますが。出来るこ
とはやりました、という感じです。
ともあれ、明後日放送の本編最終話がよっぽどな出
来でない限り、「プリキュア5」のファン小説的なもの
については、これが最後になると思います。
読んでくださった方、感想のコメントをくださった方、
今までありがとうございました。
「Love Cares」
一瞬強く吹きぬけた風に、かれんは大きく身体を震わ
せた。
凍るような湿気が、息をするたびに肺の奥まで満ちる。
カシミヤの手袋で両頬をこすりながら、かれんはぼん
やりと空を見上げた。
冬の冷たい雨が、午後遅くになってもずっと降り続け
ていた。低く垂れ込めた雲は濃く、街は暗い灰色だけ
に沈み込んでいる。
近くに見える広場の噴水は、凍結を防ぐために真冬の
今は止められていて、ただ雨に重く濡れるのみだ。周囲
に人の姿もない。
かれんが立っているのは、商店街のアーケードの出口
のひとつである。日曜の今日は休みの店が多い一角な
のか、ほとんどのシャッターが下ろされて、しんとしている。
かれんは、腰の前のリボンで留める、ワンピース風の
黒色のコート姿だった。その下は白いタートルネックのセ
ーターに、ライトブルーのスリムジーンズだ。
雨粒混じりの冬の風をさけながら、かれんはそこで、
くるみが戻ってくるのを待っていた。
今日の午後、街での買い物に付き合って欲しいと言っ
てきたのは、くるみだった。
当然快諾したのだが、いざ一緒に出かけてみても、く
るみの態度は、なんだかずっと不自然だった。
じっと、思いつめたようにかれんの横顔を見つめ続け
たり、痛いくらいにその腕にしがみついたかと思うと、
自分の思考に沈んで、かれんの存在を忘れてしまった
かに見えたりもする。
特に目当てのものがあった風でもなく、かといって、
暇つぶしのウィンドウ・ショッピングを楽しむ風でもな
く、ただかれんを引っ張るように街をぐるぐると歩き続
け、気がついたら、2人は人気がないこの一角にまで
たどり着いてしまっていた。
そして小さくかれんがくしゃみをしてしまったのを見る
と、くるみはなにか温かい飲み物を買ってくると言って、
「どこかお店にでも……」とかれんが止める間もなく、
アーケードの奥に走り去ってしまった。
1人残されたかれんは、自分がはく白く長い息が風に
流されるのを見つめながら、数日前にナッツハウスで、
ナッツと交わした会話を思い出していた……。
生徒会の仕事が珍しく早めに片付き、ナッツハウスに
向かったかれんを一人出迎えたナッツが、「話がある」
と唐突に切り出してきた。
くるみは、ココと何かの用事でしばらく出かけている
ようだった。他の仲間達も、その日はまだ来ていない。
誰かが来ればすぐにわかる位置の、1階のカウンター
の前で、ナッツは視線を落としながら言った。
「くるみが――泣いている」
「え?」
かれんには、すぐにナッツの表情が読み取れなかった。
「夜通し泣き明かしたのかもしれない、朝になっても
真っ赤な目をしている日がある。押し殺した細い泣き
声が、部屋から聞こえてしまう日もある。本人は隠し
ているつもりだろうが、俺達にはわかってしまう。そん
なくるみを見ているのは、正直、俺もココもつらい」
「……」
「だが、どうすればいい? パルミエ王国のお世話役
のことなど忘れて、この世界に残り、かれんと暮らせ
ばいいと言えばいいのか? それこそ、俺達が絶対
に言ってはいけないことだろう」
「そう、ね……」
「……国王といっても情けないものだ。あれだけ俺達
のために尽くしてくれている、一番身近な人間の辛さ
さえ、救ってやることが出来ないんだからな」
「ナッツ……」
「俺達には何も出来ない。何か出来るとしたら、結局
かれんだけだろう」
「でも……、私だってあの子よりは年上だけど、だか
らといって、何でも出来るわけじゃないのよ?」
「……どうすればいいのか、自分でもわからないのに
こんなことを頼むのは卑怯なんだろうが……、くるみ
を、今は大切にしてやってほしい。頼む」
「私に出来ること……」
かれんはナッツに、その時は何も答えられなかった。
ふと、かれんは背後に人の気配を感じた。
次の瞬間右頬に、温もり――というにはやや熱めの
物体が押し当てられた。
「ありがとう、くるみ」
答えて、かれんはその、どこかで買ってきたらしい缶
コーヒーを受け取る。シュガーレスのカフェオレだ。
「もう――! かれんってば全然驚かないんだもの。
つまらないわ」
かれんの前に姿を現しながら、不満げに呟いてみせた
のは、くるみだった。ボア付きの、藍色のマウンテンパ
ーカーに、赤いチェック柄の長めのフリルスカート、頭に
はニットの黒いベレーという格好だった。
白い息が少し弾んでいるように見えるのは、途中まで
は走って戻ってきたからだろう。
「ごめんなさい。次はちゃんと驚くから」
「むー。『ちゃんと』驚いてもらっても、嬉しくありません」
くるみは拗ねた風に、かれんに背を向ける。その手に
あるのは、小さなペットボトル入りのレモンティーだ。
「――まあ、かれんにこんな、自動販売機で買ってきた
ようなものを飲んでもらうのは、気が引けるんだけど」
それでも、かれんの視線を気にしながら、くるみは呟
いた。赤いミトンの手袋ではさんだペットボトルを、両手
の間で転がすようにする。
「くるみがわざわざ買ってきてくれたんだもの。美味し
くいただくわ」
「無理に気をつかってくれなくてもいいのよ」
「そんなつもりは……」
「あ……。ごめんなさい」
くるみは自分の言葉に驚いたようにかれんの瞳を見つ
めたが、それ以上なにも言わなかった。沈黙がしばらく
続く。
とりあえずかれんは、自分のカフェオレの缶を空け、口
につけた。まだ十分な熱さのある液体が、喉から身体を
温めてくれる。
少し離れたくるみを見ると、やはりペットボトルを手の
中でもてあそび続けながら、遠くの方に視線を向けてい
た。硬い表情の横顔に、小さな翳りが落ちていた。
「これだけ寒いのなら、いっそのこと雪になってくれて
もいいのにね――」
かれんは、考えずにひとりごちる。
「ううん」
予想していなかったほどの強さで、くるみの声が返っ
てきた。かれんの方は見ていない。
「――どうして?」
「雪なんて見たくもないわ。見たってどうせ――、どう
せ、来年の雪は、もう、かれんとは一緒に見られない、
って思うだけだから――」
その言葉の終わりは、聞き取れないほど弱々しくなっ
ていった。
「……」
「かれんはいつも落ち着いているのね。強いのね。き
っと私がいなくなっても、ずっと元気で、みんなと一緒
に楽しく過ごして、立派なお医者さまになって、私のこ
となんて、いつかは忘れて……」
かれんは、くるみに一歩近づいた。くるみは顔を向け
てくれなかった。じっと、雨にぼやけた街を見つめていた。
雨が、アーケードの半ガラス張りの屋根を叩く音だけ
が、響き続けている。
かれんはカフェオレの缶を足元に置き、コートのリボ
ンをほどくと、前を開いた。
そのままくるみの背中にまわり、コートごと、その身体
を包み込むようにする。腰の前で手を組み、自分の頬を、
くるみの頭に押し当てた。
くるみは動かなかった。ただ氷のように、その場に立
ち尽くし続けた。かれんもまた、そのくるみを黙って抱き
しめ続ける。
くるみの身体から硬さが抜け始めたのは、ずいぶんと
時間が過ぎてからだった。
ふうっと大きく一度息をはくと、やっとくるみはかれん
に身体の力をあずけるようにしてきた。
「恋をするのはホントにイヤなことね。だって、好きに
なってしまった人には、絶対にかなわなくなってしまう
んだもの……」
「くるみ……」
くるみはかれんの腕の中で、ゆっくりとかれんに向き
直った。2人の白い息が、正面からまじりあう。
かれんがくるみの背中に手を回すと、くるみはかれん
の胸に、そっと頬を寄せた。ペットボトルが落ちて転が
る音がした。
「かれん、かれん、かれん……」
小さく肩を震わせたくるみは目を閉じたまま、かれん
の名前を呟き続けた……。
「りんがね、前に私に言ったことがあるの」
くるみの顔を胸に抱きしめながら、かれんはやがて
囁いた。
「もし私が本当に我慢出来なくなって、パルミエ王国
からくるみをさらっちゃって、無理やりにでも花嫁にす
るような計画なら、いつでも全面的に協力するって」
「――馬鹿みたい。そんなの大騒ぎになるに決まって
いるわ」
「どうかしら? 誘拐はともかく、花嫁にすること自体
は、プリキュアは救国の英雄なんだし、筋を通せば、
パルミエ王国の人達も反対はしないかも。
でも、やっぱりキュアアクアとしてじゃなく、水無月か
れんという1人の女の子として、ココとナッツにお願い
に行くべきね。『くるみを私にください』って」
「本気なの?」
「くるみ次第、って言ったら?」
「……私を困らせないで。そんなの、かれんらしくな
いわ」
かれんの胸の中の、くるみの声は低かった。
「だったら、くるみもまだまだ私のことがわかっていな
いのね」
「……」
微笑を浮かべて、かれんはしっかりとくるみの顔を見
つめなおす。
「くるみは私のことを強いって言ったけど、全然そん
なことはないの。他になにも要らないから、くるみだ
けを手に入れたいっていう気持ちもちゃんとある。
いつか来るかもしれないお別れの日にだって、なり
ふり構わずに、くるみを引き止めるかもしれない。私
と一緒にいてくれなきゃ死んでやるって、泣き叫ぶか
もしれない」
「……まさか」
「それだけ私もくるみのことが大切で、大好きだから。
私だって不安なの、苦しいの。くるみときっと同じ。
それは、知ってて欲しい。だからこそ私にだけは、く
るみの辛さもわかるって……」
「……」
「これも告白しておくわね。くるみがまだこの世界に
いるのかどうか不安でたまらなくなって、ナッツハウ
スにまで駆けていきたくなった夜も、一度や二度じゃ
ないわ」
「え……」
「突然胸騒ぎがして、どうしても我慢出来なくなって、
じいやに無理を言ってしまったんだけど、ナッツハウ
スの近くにまで送ってもらったこともあるの。まだ明
かりがついているナッツハウスの窓に、あなたの小さ
な影を見つけて、あれだけ安心したことはなかったわ。
帰りの車の中では、どうしてか、涙がずっと止まらな
かった……」
「かれん……」
ついと、くるみは手袋を外した指で、涙のあとをぬぐう
ように、かれんの頬を撫でた。
そして自分の方から背を伸ばして、かれんの唇にキス
をする。かれんは目を閉じながら、くるみの身体ごと、
それを受けとめた。
重なり合った2つの細い身体が数秒後に離れると、く
るみは熱っぽさの浮かんだ瞳で、かれんを見つめる。
「私は、かれんを信じるわ。かれんの心を」
「……うん」
「きっとそれが、今の私に出来る全てなのね。でも、
そう信じていられるだけで、力になる。とても心強く
て、楽になれる。ありがとう、かれん。あなたが水無
月かれんでいてくれて――」
「こちらこそ、ありがとう、くるみ。くるみでもミルクで
も、あなたがいてくれて、私は幸せよ」
かれんの言葉に、やっと、くるみの表情から影が失せ
た。2人の視線が合うと、自然に笑い声がこぼれた。
「ああ、でも――」
「なに?」
「その、ココ様とナッツ様にお願いに来る時は、ちゃん
と事前に連絡してね。私にも、色々準備があるんだし」
「そう? いきなりの方が面白いと思うけど」
「面白いって……。ふふ。のぞみとかに毒されてない?
それとも、こういうのはこまちかも」
「さあどうかしら。ともあれ、覚悟しておいてね」
「はーい。お待ち申し上げております――」
くるみは冗談ぽくかしこまって言うと、くすくすとまた笑う。
「でも私の方で先に、『かれんにはパルミエ王国でお
医者さまになってもらいます!』って決めちゃった時
は、誰に『かれんをください』って、言いに行けばいい
のかしら? やっぱりじいやさん?」
「じいやにも当然その権利はあると思うけど、一応う
ちの両親も健在だし」
「あ、そうね。かれんのお父様とお母様ね」
「2人はまだ海外だけど、今度電話だけでもお話して
みる? くるみのことはきちんと紹介しておきたいわ」
「う――、そういうの、ものすごく緊張するわね」
「大丈夫よ。2人とも優しいし、きっとくるみのことも気
に入ってくれると思う」
「そうだといいんだけど」
「くるみのことを可愛いと思ってくれない人なんて、この
世界に1人だっていないわ」
「そこまで言われちゃうと、さすがに恥ずかしいわ……」
くるみはまた、かれんの胸に顔をうずめた。そのままで、
「ああ、でも、本当にかれんと2人なら、いろんなことが
なんとかなりそうな気がしてくるわ」
と呟く。
「なりそう、じゃないの。何があっても、それぞれがどこ
にいても、2人でなんとかするの。それくらいに思いまし
ょう?」
「うん。そうね、きっと私達は大丈夫……」
「そうよ。私とくるみは、大丈夫よ。永遠のお別れなん
て、絶対に認めないんだから」
「うん……」
2人はまた、かたく身体を抱きしめ合う。重なる呼吸と
体温が、とろけそうなくらい甘くかれんには感じられる。
雨の勢いは相変わらずだったが、それでも少しずつ、
夕闇の気配が近づきつつあった。気温も下がってきた。
「約束なんていらないわ。私はかれんを信じる。それだ
けでいいの」
「私もくるみを信じる。私と、くるみの未来を」
「ありがとう、かれん。私の、大切な人――」
くるみの、透きとおるようにまっすぐな瞳の光を、かれ
んはしっかりと受けとめ、いつまでも離さなかった――。
<終>
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