2008年09月17日

映画「ワールド・トレード・センター」――映像物語作品における作家論について


アニメ作品ではありませんが、論自体はアニメ作品批評
も含んで対象としたものなので、よろしくお願いします。
CSのSTAR CHANNELで放送されていた、映画「ワール
ド・トレード・センター World Trade Center」(以下WTC
06年 監督オリヴァー・ストーン)を見てみました。
別に、監督のオリヴァー・ストーンや主演のニコラス・ケ
イジのファンというわけではないのですが、今読んでい
「入門・現代ハリウッド映画講義」(編・藤井仁子 人
文書院)の第一章で、「『経験』の救出――パニック映画
としての『ワールド・トレード・センター』」と題し、映画史研
究者の鷲谷花氏が同映画を取上げていたので、ちょうど
よいタイミングだと思い、確認してみることにしたのです。


映画の出来はいい意味で普通だったのですが、今日の
本題は、映画評それ自体ではありません。
鷲谷氏は、この映画へのアメリカでの評価を、

「先述したように、もっぱら個人の部分的・主観的な経験
に焦点をおいて、『9.11』という出来事の再現を試みる
『WTC』に対して、監督のオリヴァー・ストーンが政治的な
批判意識を失い、商業的あるいは政治的要請に妥協した、
といった批判ないしは失望が表明されてきました」(P33)

と記しています。
日本国内でも、この映画のレビューを検索してみると、
「オリヴァー・ストーンらしくない」「これまでの作品のよう
に、社会派として突っ込んだ描写や陰謀論を期待してい
たのに」という批判的意見は見つかります。


short_g.gif


で、これ以降は「WTC」に限ったことではない、一般論とし
て進めていくのですが、「監督らしくない」ことは、その作品
の欠点になるのかな?と、ふと思ったわけです。
もちろん観客が、ある監督の新作を見に行こうとする時に、
その監督が得意とされる演出スタイルや、語り口の技法を
期待するのはある程度当然だと思います。オリヴァー・ス
トーンのように、特に「社会派監督」としての評価が一般的
にされている人なら、そういうスタイルを期待しますよね。
また映画を配給・上映する側も、「○○○の監督!」という風
に、代表的な有名作を冠付けて、監督の名前で売ろうとす
るのも、また普通です。セールス・ポイントは、どんな販売ビ
ジネスでも大切ですから。


映画は、監督個人の表現物であるとする、作家主義理論
でとらえていいのかは、別の話としますし、観客それぞれ
が好きに考えていい部分です。
ある映画を「監督らしくない」と感じた時には、作家主義理
論に基づく、関わった作品には通底すべき、作家独自のタ
ッチ・主張が欠けていると考えたわけですね。観客がそれ
を期待して劇場に足を運んでいたなら、お目当てのものを
見られなかった残念さは、もちろん生まれるでしょう。
でも逆に言えば、それはその観客が、ずっと同じものを、
少なくとも同じ監督が作ったとわかるようなものを作り続け
て欲しいと要求している、ということです。
エンターテインメント・ビジネスですから、観客が求めるもの
を作るのは当然ですが、ここで生まれているのは、観客は
「監督らしさ」という作家性の現れを求めているつもりなのに、
結果として監督側の、作家としての発展や変化を阻んでし
まっているかもしれない、皮肉な構造です。


でも、「監督らしくない」という判断は、ひとつの独立した作
品として「WTC」を評価しようとした時には、実はどうでもい
いことにもなります。
単純な話、オリヴァー・ストーンの過去作を全く見ていない
人が「WTC」を見た時に、「監督らしさ」を定義するために
過去の作品から指摘された要素の有る無しを、そもそも気
にするでしょうか。
その人が気にするのは、一本の映画としての「WTC」の出来、
ただそれだけです。
「監督らしさ」を知らないから、その人には「WTC」を評価する
資格がない、なんていうわけはありませんし、むしろ「監督らし
さ」を知らないために、バイアスなく、プレーンな状態で作品を
見られるかもしれません。
それで面白く感じるかつまらなく感じるかは、まさにその個人
の判断です。


実写でもアニメでも、監督個人を作品の作者として、「○○○
作品」と批評する作家論的スタンスはあります。
ただ僕としては、全ての作品を監督個人の作家論的文脈の
中だけで結びつけ評価し、作品それ単体での評価が失われ
てしまうのも、もったいなく感じてしまうのです。
「誰某が監督だから」「あの監督はこういうテクニックの人だ
から」という知識が先入観として、見る時の障害になってし
まう方を恐れているのですね。
そういう知識が、コミュニティの共通認識として機能する現
実も認めますが、僕自身としては、観客としての自分と作品
の、個対個の関係を重視したいので、とりあえず作家論的ア
プローチからは距離を置いておく、という立場です。





posted by mikikazu at 08:40 | TrackBack(0) | アニメ感想-いろいろ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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